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テレビ局とジャニーズ事務所の関係はいかに変遷してきたか

7/20(土) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 1987年から7年連続で続いていた連続ドラマ主演は、1994年に途絶えたが、それを独立と結びつけるのは早計である。前年の『愛してるよ!』(テレビ朝日系)は全話平均視聴率9.9%に終わっており、1990年代に入ってから『教師びんびん物語』(フジテレビ系)のようなヒット作に恵まれなかったことが原因の1つと考えられる。

 ワイドショーやスポーツ紙、週刊誌にバッシングを受けたことによるイメージの悪化も大きな理由だろう。田原は1993年10月に結婚したが、マスコミの直撃取材に応じず、コメントも出さなかった。今ではSNSやFAXで発表すれば事足りるが、当時は記者会見を開くことを当然のように求められた。連日マスコミに追われていた田原は仕方なく、1994年2月17日に長女誕生会見を行なう。

 この時、のちに傲慢と叩かれる「僕くらいビッグになると」という軽い冗談が出た。翌日の朝刊スポーツ紙の見出しに“ビッグ”が1つもなかったように、当初はさほど問題視されていなかったが、時が経つに連れてバッシングが激しくなっていった。

 報道を時系列で追うと、メディア側に「独立したから叩いても問題なし」という認識があったように思える。

 また、田原は1994年のジャニーズ事務所独立以降、所属タレントと共演NGになったと考えられているが、実は2度、同じ番組に出演している。1994年10月12日放送の『’94夜のヒットスタジオ超豪華!秋スペシャル』で少年隊や光GENJI SUPER 5と、1995年4月5日放送の『’95夜のヒットスタジオ・グレートアーティスト・超豪華!春のスペシャル』(ともにフジテレビ系)でSMAPと同じ画面に映っているのだ。

 拙著『田原俊彦論』で、私は2つの番組を取り仕切った渡邉光男プロデューサーに事務所からの圧力の有無を聞いた。すると、こんな答えが返ってきた。

〈僕は、あからさまに言われたことはないですね。別にメリーさんもジャニーさんも、僕に何か言ったことはないですよ。『トシが出るなら、ウチのコを出さないよ』なんて言われたことない〉

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最終更新:7/20(土) 16:00
NEWS ポストセブン

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