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【ホンダF1活動第2期の10年 その12】ティレル・ホンダ020には「中嶋悟の表彰台」という夢が詰まっていた

7/20(土) 18:30配信

Webモーターマガジン

軽快なティレルのシャシとホンダV10の組み合わせは強力

1991年、ホンダエンジンを得たティレル020はチャンピオン候補のダークホースと言われていた。前年非力なカスタマーエンジン、コスワースDFRで善戦したティレルのシャシに、前年のチャンピオンエンジンの組み合わせは期待の持てるものだった。

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1990年、ティレル019はカスタマーエンジン、フォード・コスワースDFRを搭載しながら、ジャン・アレジが2度の2位を獲得、中嶋 悟もシーズン3回の入賞(当時は6位以内)を果たすなど高い戦闘力を示した。

ボディの下に気流を導いてダウンフォースを得るハイノーズをいち早く導入したティレル019は高く評価され、1991年の新型ティレル020はそのコンセプトを受け継ぎ、さらに戦闘力を伸ばすものと期待された。

ホンダエンジン、しかも定評あるV10気筒エンジンの熟成版を搭載するとあって、その期待は高まるばかりだったが、成績は意外と上がらなかった。

アレジにかわってチームに加入したステファノ・モデナが開幕戦で4位に入り(中嶋は5位)注目を集めたが、第5戦カナダGPの2位をピークに、苦しい戦いが多くなっていった。

その要因は重量バランスの変化にあった。ホンダのV10エンジンはコンパクトな設計であったが、V8エンジンに比べればやはり重かった。そのことがティレル「019」をベースに開発された「020」に影響して、特徴であった軽快な動きが影を潜めてしまっていた。

そんな中、第9戦ドイツGPでついに中嶋は引退を決意、「今年こそは」と目標にしていた表彰台の可能性を見いだすことができなくなった末の決断だった。日本GPでは鈴鹿の大観衆に見送られてリタイアした姿は印象的だった。

1991年、大きな期待がかけられたティレル020は不遇なマシンと言えたが、コンストラクターズランキングは6位、ドライバー部門ではモデナが8位(中嶋15位)だった。シーズン前の評価が高かったために「期待外れ」と言われたのは仕方のないことだろう。(写真:金子 博)

ティレル・ホンダ020(1991)

エンジン:Honda RA101E
・形式:72度V10 DOHC
・排気量:3498cc
・ボア×ストローク:93.0×51.5mm
・圧縮比:12.4
・最高出力:未発表
・燃料供給方式:Honda PGM/F1

シャシ:Tyrrell 020
・デザイナー:ジョージ・ライトン
・車体構造:カーボンファイバーモノコック
・ホイールベース:2940mm
・トレッド前/後:1800/1670mm
・サスペンション:ダブルウイッシュボーン+プッシュロッドモノショック
・トランスミッション:ティレル製横置き6MT
・車体重量:未発表

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最終更新:7/20(土) 18:30
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