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『ストレンジャー・シングス』は80年代ポップカルチャーをどう再編集したか? 使用楽曲から考察

7/20(土) 16:04配信

リアルサウンド

 いきなり、コリー・ハートの「Never Surrender」である。甘いルックスとポップなロックバラードで人気を博したカナダ人歌手、コリー・ハート。全米3位を記録したこの曲は、彼にとって最大のヒット曲となった。そうそう、1985年というのは、そういう時代だった。ちょっと忘れかけていたけれど。何の話をしているのか。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(以下、ストレンジャー・シングス)シーズン3の話である。7月4日にNetflixで世界同時配信され、4日間で4070万世帯が視聴、そのうち1820万世帯が全8話を視聴。これまでNetflixで配信されたオリジナル映画・シリーズとしては過去最大となる視聴者数を記録したことが公式に発表されるなど、ここへきてさらなる盛りあがりをみせている『ストレンジャー・シングス』。異形のクリーチャーが登場するSF作品ではあるものの、『スタンド・バイ・ミー』(1986年)や『E.T.』(1982年)、『グーニーズ』(1985年)など、80年代の映画の影響を色濃く受けた“ジュブナイルもの”でもある本作の何よりの特徴と言えば、オマージュやリスペクトを捧げるどころか、その物語の舞台そのものが80年代半ばに設定されている点にあるだろう。つまり、当時のポップカルチャーのど真ん中で、リアルなティーンエイジャーたちの物語が繰り広げられるわけである。

 かくして、83年の冬から始まった『ストレンジャー・シングス』の物語は、シリーズ1、2を経て、シリーズ3では、85年の初夏からスタートする。インディアナ州の田舎町ホーキンス。7月4日の独立記念日を間近に控えた少年少女たちは、来るべき夏に心をときめかせながら、郊外に新しくオープンしたショッピングモール「スターコート」に連れ立って、公開されたばかりの映画『死霊のえじき』を仲良く鑑賞するのだった。となりの館では、どうやら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の公開が始まったようだ。そう言えば、シーズン2のハロウィンのシーンでは、その年(1984年)に公開された『ゴーストバスターズ』のコスプレを、みんなで仲良くやっていたっけ。そんなふうに、物語の随所に当時のカルチャーが、そのままの形で登場するところが、『ストレンジャー・シングス』の何よりも楽しいところなのである。

 その背景に登場するのは、もちろん映画だけではない。当時のアメリカを彩っていたポップミュージックの数々も、このシリーズのなかでは、その時代を象徴するものとして、実に効果的に用いられているのだ。とりわけ、シーズン2の最後、少年少女たちが参加した冬のダンスパーティ(スノーボール)のシーンで、シンディ・ローパーの「Time After Time」(1983年)とポリスの「見つめていたい(Every Breath You Take)」(1983年)が、とてもロマンチックに使われていたことは、いまだに記憶に新しい。はてさて、その翌年にあたる85年の初夏を舞台とするシーズン3では、どんな楽曲が流れるのだろうか。そして、いきなりの「Never Surrender」という次第である。その後も、REO Speedwagonの「Can't Fight This Feeling」(1985年)、Cutting Crewの「愛に抱かれた夜((I Just) Died In Your Arms)」(1986年)といった懐かしのヒット曲をはじめ、女の子たちがモールで意気揚々とショッピングを楽しむシーンで流れるマドンナの「Material Girl」(1984年)、さらにはモールのエアロビ・スタジオで一瞬流れるWham!の「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ(Wake Me Up Before You Go-Go)」(1984年)など、これまでのシーズン以上に明るくてポップな楽曲が次々と流される本シーズン。その極め付きは、終盤の重要なシーンで、ある登場人物が唐突に歌い始めるリマールの「ネバーエンディング・ストーリーのテーマ(The NeverEnding Story)」(1984年)だろう。それにしても、80年代半ばのアメリカのポップソングとは、なんときらびやかで華やかなものだったのか。

 80年代を舞台としたドラマや映画はこれまでもあったし、当時の音楽をふんだんに使用したドラマや映画も、すでに数多く存在する。けれども、それらの作品と『ストレンジャー・シングス』は、少し異なっているように思うのだ。端的に言うならば、不思議なことに、ある種の“懐かしさ”に耽溺する回顧主義的なアプローチが、そこにはほとんど感じられない。過去を振り返って懐かしむのではなく、むしろそこに新しい何かを見出しているような……なぜか。その理由はいくつか考えられる。まずはこの作品が、映画『スタンド・バイ・ミー』のように、物語の“語り部”である主人公が自身の過去を振り返る形式で描かれていない点にあるだろう。本作の主人公である少年少女たちは、現在を生きる誰かの過去の姿ではなく、ましてや誰かの思い出でもないのだ。そう、彼/彼女たちは、まさしく“今”、80年代半ばの世界を、誰よりも活き活きと生きている。そこには、超能力少女・エル役を演じているミリー・ボビー・ブラウンをはじめ、シーズンを追うごとに文字通り“成長”していくメインキャストたちの愛らしい魅力も、大いに関係しているのだろう。

 そしてもう一点。これまで書いてきたように、『ストレンジャー・シングス』の世界は、80年代半ばのアメリカのポップカルチャーや風俗に関して、徹底してこだわったものとなっている。けれども、それはあまりにも精緻であるがゆえに、当時ティーンエイジャーだった人々にある種の“懐かしさ”を感じさせつつも、実際の自分の体験とはどこか違う、言わば“あこがれ”のような感覚を抱かせるのだ。ある一面においては、自分も過去に親しんできたカルチャーではあるものの、果たして当時、これらのカルチャー全体を俯瞰・網羅し、包括的に楽しんでいた少年少女など、本当にいたのだろうか。それもそのはずである。『ストレンジャー・シングス』のクリエイターである双子の監督コンビ、マット・ダファーとロス・ダファー──通称“ダファー兄弟”として知られている彼らは、いずれも1984年生まれなのだから。すなわち彼らは、自らの実体験として、その時代を謳歌してきた世代ではないのだ。無論、彼らはある種のオタクと言っていいぐらい、当時のカルチャー全般に関しての造詣が深い。けれども、そのほとんどは後追いで知ったもの、彼らが自ら好んで選び取ってきたものであり……つまり、そこにあるのは、実体験としての“懐かしさ”ではなく、むしろ純粋な“あこがれ”に近いのだ。それは、本作の登場人物たちを演じている少年少女たちにとっても同じことなのかもしれない。彼らは80年代半ばのポップカルチャーに囲まれながら、それを心の底から楽しんでいるように見えるから。それこそが本作を、ある年代の人々にしか伝わらない回顧主義的な物語ではなく、むしろ“ミレニアル世代”にとって新鮮な発見と気づきに満ちたドラマにしているのだろう。

 そこで思い起こされるのは、昨今盛り上がりをみせている“ヴェイパーウェイブ”と呼ばれる音楽ムーブメントの存在である。本来であればネット上に流出していないはずの竹内まりやや山下達郎の音源が、ここ日本とはまったく別のコンテクストで、アメリカやヨーロッパの若者たちのあいだで愛聴されているという状況。そこにあるのは、もはや未来に対して無邪気な希望を抱くことのできない彼/彼女たちがあこがれを禁じ得ない、“失われた消費文化”のきらびやかな断片たちではなかったか。今は存在しないけれど、かつて間違いなく存在していた“鮮やかな過去”への憧憬と幻想。そう考えると、少しペシミスティックな気分に陥りがちではあるものの、それらの無意識的な欲望を捉えながらそこに耽溺するのではなく、その断片を自ら再編集してそこから現代の視聴者にも通じるオリジナルの創作物を立ち上げてしまったこと。それが、ダファー兄弟の何よりもすごいところであり、『ストレンジャー・シングス』が、現在のポップカルチャーのなかでも、とりわけ異彩を放っている理由なのかもしれない。

麦倉正樹

最終更新:7/20(土) 16:04
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