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石井慧が日本を捨てて「クロアチア人」になるまで

7/20(土) 5:57配信

デイリー新潮

 思い立ったが吉日、を地で行く人生である。2008年の北京五輪で金メダルを獲得した柔道の石井慧(さとし)選手(32)は、直後に総合格闘技に転向したことで話題をさらった。それから10年余り。今度は日本を捨て、なんとクロアチア人になってしまったのだとか。

「五輪のプレッシャーなんて斉藤先生のプレッシャーに比べたら屁の突っ張りにもなりません」

 北京五輪の柔道100キロ超級で優勝した直後、当時の全日本の斉藤仁監督を引き合いにこうビッグマウスを炸裂させたのが石井選手だった。直後から奔放な言動が話題を呼び、

「優勝できたのは皆さんの応援のおかげではなく自分の才能のおかげです」

 などと発言し、一躍メディアの寵児に。一方で、五輪からわずか3カ月後に、格闘家への転向を宣言。以後は総合格闘家として世界を転戦している。プライベートでは2度の結婚、離婚を経験した。

 その石井選手が久しぶりに話題に上ったのは、今月3日のこと。ネットニュースで紹介された石井選手のインタビューの中で東欧のクロアチアに住んで2年半だと語りつつ、

〈あ。国籍とりましたよ〉

〈いまはクロアチア人です〉

 と、平然と言ってのけたのだった。

 格闘技に詳しいライターが解説する。

「石井はクロアチア出身の格闘家ミルコ・クロコップと14年に2度対戦し、負けています。その後、17年になって、“なぜそんなに強いのか”と指導を求めてクロアチアに渡り、ミルコの練習場を拠点にしていました。本人のツイッターでは最近、クロアチアに墓を買ったことも明かしています」

 クロアチア国籍を取得すれば、法律上、日本国籍は喪失することになる。

景色も良い

 格闘技界の関係者が言う。

「彼は現役の金メダリストとして総合格闘技に足を踏み入れた逸材でした。本来であれば弱い選手と対戦しながら、少しずつ強さを引き出してあげれば良かったのに、話題を集めるために強い選手とばかりマッチメイクさせられていた。日本に留まればそうしたニーズに応えなければならないと、嫌になったのだと思います」

 スポーツライターの近藤隆夫氏が補足する。

「彼は自分の思いに正直なところがあります。柔道から格闘技への転向も2度の離婚も、自分がそう思えばすぐに動く人。クロアチア国籍取得もメリットを求めたわけではなく、ミルコのもとでずっとトレーニングをしたい気持ちの表れだったのではないでしょうか」

 さて、真意を聞こうと、事務所を通じて本人に取材を申し込んだが、応じてもらえず。大阪の実家に出向くと、石井選手の祖母がこう語ってくれた。

「もう17、8歳の子どもと違うんやから、自分の思うようにやってくれたらええねん。日本で試合があると、向こうへ帰る前に実家に泊まって、“クロアチアは景色も練習環境も良い”と言ってる。慧はブラジルやアメリカにも行って、ずっと自分に合った練習環境を探していた。そんで、いまはクロアチアで頑張ってる」

 その目は少し潤んでいるように見えた。孫が祖国を捨ててまで求めたのは純粋な“強さ”だった。

「週刊新潮」2019年7月18日号 掲載

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最終更新:7/20(土) 5:57
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