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名作の誕生

7/20(土) 7:30配信

Book Bang

 近年、歴史・時代小説界で最もエネルギッシュに活躍しているのが、伊東潤である。

『修羅の都』と『西郷の首』の二長篇で、武士のはじまりと終わりを描き、その長いスパンの中で、果たして庶民に暮らしやすい時代はあったのか、という問題提起をおこなったかと思えば、現代史の領域にまで進出。太平洋戦争時、日本海軍最大の汚点ともいうべき、虐殺事件「ビハール号事件」を描いた力作『真実の航跡』を刊行している。

 その伊東潤、久々の戦国ものの短篇集である。しかも、極上のである。しかし、勇躍、書評の筆を執ろうとして、一瞬、ためらいが生じるのは、収録作六篇ともにさまざまな仕掛けや趣向、伏線が凝らされており、うっかり筆をすべらすと、物語の核心がネタバレになりかねないからなのである。

 本書は、桶狭間合戦から織田信長亡き後、豊臣秀吉から徳川家康へ天下の動向が移るさまを年代順に描いた作品が並んでいるが、紙幅の都合もあり、その中の幾篇かについて触れていく。

 まずは表題作の「家康謀殺」だが、これは現代もののミステリも執筆する作者の手腕が十二分に発揮された作品だ。しかも、ミステリであり、戦国ものであり、道中ものであるという、至極贅沢な組み合わせの逸品。家康が、いよいよ、駿府から大坂へ向かう段になって、大坂方が家康謀殺の手の者を放ったという一報あり。しかも、刺客は、家康に最も近いところにいるもの、輿丁――身分の高い人の輿を担ぐ者――に化けた草であるという。読者の興味も当然、そのうちの誰が刺客かということにしぼられてくる。

 第一の山場は、今切の渡しで、忠義者の輿丁が命を的に家康を救うシーン。そして、第二の山場は、演者が真剣を持った奉納舞のシーン。そして、自信を持っていおう、この第二の山場で読者は完全にミスリードされる。最後の最後まで一瞬も気が抜けぬ歴史ミステリの傑作である。

 さて、家康に刺客がいれば、秀吉にも刺客がいる。もっともこちらは放つ方だが。「秀吉の刺客」は、秀吉の朝鮮出兵の際、偽降倭となり、敵の海将・李舜臣を殺せと命じられた根来鉄砲名人・玄照の物語である。

 玄照は、もともと秀吉の血も涙もない性格を憎悪しており、――今回の密命でも敵に取り入るためには味方を射殺してもいいといわれ、実際、玄照はそうしてしまう――苦悶の日々が続く。何故なら、玄照は次第に李舜臣の人柄に惹かれていってしまうからだ。

「――わしは双方を裏切っている」

 この後ろめたさは玄照の魂の絶叫といっていい。

 そしてすべてを見抜いている李舜臣と玄照との間に結ばれる交誼の素晴らしさと、海を渡ってやって来た弟・玄妙との別れ――。

 これだけの枚数で戦場における人間愛を見事に描き切った作品を私は知らない。

 また巻頭の「雑説扱い難く候」は、雑説には雑説をもって報いる狂気の復讐譚。ラストの凄まじい描写が読者の心胆を寒からしめることは間違いあるまい。

 そしてこの一巻の巻末に据えられた「大忠の男」、これも男泣きの名品である。

 いよいよ大坂城も裸城にされたいま、敵中にあって、唯一人、豊臣のことを思っている古田織部は、速水守久に、豊臣が家康に勝つための必殺必中の策をさずけるが――。

 私はこの一篇を読んで、改めて君臣の情というものについて考えざるを得なかった。普通、時代小説において君臣の関係というと、冷たい封建制度の匂いがするが、果たして、すべてがそうであったろうか。否、断じて否。織部からさずかった策を自ら敵方に知らせておきながら、なぜ守久は、豊臣秀頼から、忠義第一の武士とまでたたえられるのか。そのあたりの詳細は記すことは出来ないが、私は、最後に向かって何度、男泣きしたことか。

 普通、名作とは時代の練磨に耐えた作品をいうが、この一巻は、誕生即名作である。

[レビュアー]縄田一男(文芸評論家)

KADOKAWA 本の旅人 2018年7月号 掲載

KADOKAWA

最終更新:7/20(土) 7:30
Book Bang

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