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【ホンダF1活動第2期の10年 その13】マクラーレン・ホンダ MP4/7A(1992)はシーズン5勝をあげたものの無冠に終わった

7/21(日) 18:30配信

Webモーターマガジン

セナとベルガーで5勝、それでもウィリアムズの勢いを止められず

ホンダのF1活動第2期をしめくくる年となった1992年、マクラーレンは「MP4/7A」を投入する。この年、再びマクラーレンに独占供給されることになったホンダエンジンは、最後まで進化を続け、最終戦では「史上最強」と言われるまでになっていた。

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前年タイトルを獲得したMP4/6の改良型「MP4/6B」で開幕戦南アフリカGPにのぞんだマクラーレンだったが、最先端のハイテクデバイスを搭載したウィリアムズ・ルノーFW14Bに完敗。そこで前倒しで第3戦ブラジルGPに投入されたのが、1992年仕様の「MP4/7A」だった。

マクラーレンMP4/7Aはホンダとマクラーレンが共同で開発したフライバイワイヤシステム、プログラミングされた最新のセミオートマチックトランスミッションといった先進技術を搭載していたが、ウィリアムズFW14Bはアクティブサスペンションやトラクションコントロールなどさらに先を行く先端メカを採用していた。

ホンダのV12気筒エンジンにもさらに手が加えられて「RA122E」に進化、バンク角は60度から75度に変更され、低重心化や軽量化などさまざまなトライがされていた。パワーは前年型のV12エンジンよりもさらにアップされていたが、そのエンジンをもってしてもウィリアムズ・ルノーに敵わなかった。

この年、ウィリアムズ・ルノーは開幕5連勝を達成するなどシリーズを圧倒、ついにホンダは第13戦イタリアGPでこの年限りのF1活動休止を発表することになるが、その後もマクラーレンとホンダは最後までチャンピオン獲得を諦めることなく、アクティブサスペンションを開発したり、グランプリに合わせてスペシャルモデルを投入するなど開発ペースを緩めることなく、シーズン5勝をあげて抵抗した。

最終戦オーストラリアGPに投入されたマクラーレンMP4/7Aのポテンシャルは極限まで高まり、ウィリアムズ・ルノーと対等以上に戦い、ゲルハルト・ベルガーが優勝。ホンダF1活動第2期の有終の美を飾っている。

結局この年、ウィリアムズ・ルノーは16戦中10勝、ナイジェル・マンセルが9勝をあげて、チャンピオンに輝いた。(写真:金子 博)

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最終更新:7/21(日) 18:30
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