ここから本文です

7.11「スワローズドリームゲーム」を彩った神宮名物“ドリマトーン奏者”に会いに行く

7/21(日) 11:00配信

文春オンライン

 照明が落とされた暗闇の神宮球場で、スポットライトを浴びながらたたずむ四人の「監督」たち。前列でマイクを握っているのは1990(平成2)年から98年まで監督を務めた野村克也氏。その横にはノムさんの後を引き継ぎ99年から05年までチームを率いた若松勉氏が。そして、前列の二人を見守るように、後列には古田敦也氏、小川淳司現監督が控えている。

この記事の写真を見る

 この光景を見つめながら、僕は改めて「歴史」という言葉を噛み締める。と同時にスワローズのユニフォームを着て、彼らが采配を振るっていた姿がありありとよみがえってくる。強いときもあれば弱いときもあったし、健やかなるときも病めるときもあった。さまざまな感情を抱きながら、彼らが懸命に戦い続けていた姿を、僕らもまた神宮球場のスタンドから見守り続けてきた。やはり、「歴史」という言葉以外にしっくりくる表現は見つからない。

スワローズファンであることを誇りに思えた夜

 7月11日、雨が降り続ける神宮球場。ヤクルト球団50周年を記念して行われたドリームゲーム。あいにくの雨のため、緑色の雨がっぱを着ながらの観戦となったけれど、最初から最後まで幸せな空気に包まれていた空間に身を置くことは気持ちよかった。この日の名場面を挙げればキリがない。ノムさんがヤクルトのユニフォームを着て初めて打席に立ったこと。僕にとっての永遠のヒーロー・若松勉が代打で登場し、往年の見事なバットコントロールを武器に、レフトへタイムリーヒットを放ったこと。通算成績「191勝190敗」を記録した大エース・松岡弘は相変わらずスリムで、往時のきれいなピッチングフォームは今もなお健在だったこと。

 小学生の頃、初めてサインをもらったのが安田猛だった。当時、マンガ『がんばれ!!タブチくん!!』にも登場し、子どもたちにとっておなじみのヒーローだった。現在はガンとの闘病中だということは聞いていたので、ユニフォーム姿でニコニコしている姿を見ているだけで胸が熱くなった。独特なオープンスタンスが特徴の八重樫幸雄はセンター前ヒットを放つものの、「あわやセンターゴロか?」というギリギリのタイミングで一塁を駆け抜け、場内の空気を一気に和ませてくれた。センターから矢のような送球を見せた飯田哲也もまた、きちんと見せ場を作ってくれたことが嬉しかった。

 応援歌の「お前」問題が話題となっている昨今、ツバメ軍団が奏でる杉浦享の応援歌では、何のためらいもなく、「杉浦~、杉浦~、お前はいい男!」と往年の歌詞を思いっきり叫ぶことができた。この場にはいなかったけれど、大杉勝男、船田和英、あるいは高野光……。すでにこの世にはいない名選手の姿も自然に浮かんでくる。名場面、名シーンを挙げればキリがないほど、何から何まで楽しく、そして懐かしく、幸せな時間がこの日の神宮球場には流れていた。

 雨にもかかわらず、平日の神宮球場には2万7727人の観衆が詰めかけた。一塁側内野席、ライトスタンドだけではなく、三塁側も、レフトスタンドも、360度ヤクルトファンが集っていた。もちろん、球場に訪れることはできなくても、テレビ中継を通じてこの試合を堪能した人もたくさんいる。それぞれの人たちが、それぞれの場所で「自分はヤクルトファンなんだ」と再確認することができたことだろう。ファン歴の長さや、現地観戦の回数など関係ない。誰もが「ヤクルトファン」という絆で結ばれていることを実感でき、それを誇りに思えたことが、何よりも嬉しく、幸せだったのだ。

1/3ページ

最終更新:7/21(日) 11:00
文春オンライン

記事提供社からのご案内(外部サイト)

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事