ここから本文です

「娘を売った金で」極貧小作人と横暴官憲の闘い「木崎村小作争議」とは――作家・大宅壮一が振り返る

7/21(日) 17:00配信

文春オンライン

地主の横暴に連日連夜で反対運動

 その間にも争議はつづけられていた。地主の態度はなかなか強硬だというので、東京から作家、評論家その他の文化人が続々と応援にのりこんだ。

 私も木村毅君やロシア文学者の富士辰馬君などと共に出かけて行った。現地へつくと、ちょうど田植前で、見わたす限りの水田には、水が満々とたたえられている。しかし問題の田には、縄がはりめぐらされ“立入禁止”の制札が立っている。その周囲には蓑笠をきて鍬をもった大勢の小作人と、各地から応援にきた警官隊とが相対峙し、一触即発ともいうべき空気をはらんでいる。

 農民組合側も、全国から応援をえて、大いに気勢をあげていることは、戦後の内灘事件や富士山麓の基地反対運動と同じで、連日連夜演説会が開かれている。会場は小作人の家で、障子やフスマをすっかりとり外しても、せいぜい4、50人しか入らない。そんな家が10軒も15軒もあって、「第五会場」「第八会場」などと貼り紙がしてある。講師はこれをつぎつぎまわって歩くのである。どの会場も資本家、地主の横暴、社会変革の必要が叫ばれ、われるような拍手でドヨめいている。この空気の中に浸っていると、今にも日本に革命に起りそうだった。

シラミの大軍に、竹藪のような頭髪の子供達

 争議勃発と共に同盟休校をはじめた小作人の子供たちは、無産農民小学校ができるまで村のお寺を仮校舎にして授業をうけている。これは昨年京都の旭ガ丘中学で起った事件と似ているが、旭ガ丘の場合は先生の転勤が原因となったのに反し、こちらは学童をふくめた全家族の死活問題だから、もっと真剣である。

 初め組合幹部が交代で臨時教員として教壇に立っていたが、このニュースが新聞に出ると共に、正教員の免状をもったもので、この学校を忘望するものが、全国各地から続々あつまってきた。

 だが、これらの先生たちは、教壇に立って見て驚いた。その一人がつぎのような感想を新聞に寄せている。

「第一印象は汚いという感じであった。子供の着ている黒光りのする着物、その子供の鼻から流動している2本棒、その黒いウロコの生えているような足、ササラのような女児の頭、初対面で、すっかりドギモをぬかれてしまった。新しいこの先生を珍らしがって、青バナ連中が包囲して、口々に何事か早口にしゃべっているのを見て、全く野蛮人に包囲されたような、泣きたいような気になった。かれらの下駄、ぞうりは、学校にくるときに用いる一種の装飾品にすぎない。道であっても常にバダシで歩いている。村の老人と話していると『今は子供までが下駄をはくようになって――』といっている。鼻をふくからさん然たる光を放っている着物も、親たちが学校に行くときにのみ着せる着物だから驚く。女児の竹藪のような頭髪を見ると、始めは身震いした。その中には、シラミの大軍が潜伏している。15分の休みの時間がくると、女生徒は縁端にあつまって円陣をつくり、各々前の生徒の頭をせせり始める。

4/7ページ

最終更新:7/21(日) 17:00
文春オンライン

記事提供社からのご案内(外部サイト)

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事