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信長、秀吉、家康――天下人が仕掛ける情報戦に翻弄された男たちの悲運とは? 戦国小説の新たな金字塔。 伊東潤【刊行記念インタビュー】

7/21(日) 7:30配信

Book Bang

『武田家滅亡』で注目を集め、『巨鯨の海』『西郷の首』『真実の航跡』など、幅広い時代を題材に、臨場感たっぷりの歴史小説を書き続けてきた伊東潤さん。その原点と言えるのが戦国時代だ。
今回の短編集は桶狭間合戦から大坂の陣まで代表的な合戦を題材にその裏側にあったかもしれない骨太の人間ドラマを描き出している。
伊東さんにとっての歴史小説/戦国時代について伺いました。

雑説が飛び交う戦国時代

――『家康謀殺』は戦国時代を舞台にした短編集です。年代順に並んでいることもあり、天下取りをめざす権力者とその周辺の人たちの物語として連作的に読めますね。

伊東 連作短編集を書く場合、テーマ、時代、舞台など普段はもっと縛りを強くするんですが、今回は戦国時代の合戦を舞台にした人間模様だけにし、自由に筆を振るいました。

――六作品読んでみて、浮かび上がったキーワードは雑説(情報)です。

伊東 雑説に惑わされる人々というテーマは、書いているうちに浮かんできました。戦国時代には真偽定かならぬ情報が飛び交っていました。現代と違って情報を掴む手段も限られています。そこに錯綜する情報に翻弄される人たちの人間模様が浮かび上がってきます。

――噂話のようなものが多かったでしょうから、何を信じていいかわからない。戦国時代という裏切り、裏切られる日常が雑説から見えてきました。

伊東 戦国時代の雑説をめぐる逸話として有名なのは、豊臣秀吉が本能寺の変の直後に行った「中国大返し」の時のものです。「信長様は生きている。家臣もみな元気だ」という惑説――惑わせる説、デマです――を流すことで味方を安心させると同時に、明智光秀に付こうとしていた者たちの不安をあおる。秀吉は情報を有効に使う名人ですね。

――最初の「雑説扱い難く候」はそのキーワードそのものがテーマの作品です。雑説をうまく使って出世した男と、すべてを失った男。対照的な二人が登場します。

伊東 雑説によってのし上がった男が、雑説によって滅ぼされていく。雑説が有効だと知っているがゆえに、それを逆手に取られるという物語を書いてみたかったんです。

――桶狭間の合戦で信長がなぜ今川義元を奇襲できたかという裏話も描かれています。

伊東 簗田広正は『信長公記』などでも桶狭間で大功を挙げたとされています。今川義元の動きを信長に知らせた人間がいなければピンポイントで桶狭間山を攻撃できるはずがないので、一次史料の裏付けはないにしても、地元の土豪の簗田広正が何らかの形で関与したのは間違いないでしょう。もちろん、その雑説の価値を認めた信長もたいしたものです。

――次は「上意に候」。主人公は豊臣秀次。叔父の秀吉に翻弄された人生を描いています。秀次は秀吉の操り人形のように言われがちですが、書画骨董に「虚構の値打ち」をつくりだし、恩賞に代えようと考えたというエピソードが印象的です。

伊東 実際、秀次には書画骨董の収集癖があり、刀剣にも造詣が深く、文化事業的なこともやっている。これまで伝えられてきた馬鹿殿ではないんです。「上意に候」で書きたかったのは、秀吉に押し付けられた役割を演じ続けなければならなかった秀次の悲劇です。

――秀次の原風景が描かれた場面が印象的です。また、秀吉が出世したことで親類縁者が被った悲惨でもありますね。

伊東 戦国時代の女性の政略結婚は有名ですが、男性も秀次のように手駒として扱われました。秀吉には子がいないので手駒が少ないこともありますが、秀次はあちこちに養子入りさせられ、しまいに関白までやらされている。しかも秀吉に子供ができてしまい、自分の地位が不安定になる。秀次にしてみたら自分の人生は何だったんだということですよね。だから最後、腹を切ったというのはものすごい反発だったわけですよ。数年前に『関白秀次の切腹』(矢部健太郎著、KADOKAWA)という本が出たんですが、そこに書かれている解釈をベースに、独自の観点を付け加え、秀次の人生に迫ってみました。

――最初の二編は対照的な作品ですね。片やストーリーの意外性で読ませ、片や秀次の内面に迫っています。続く「秀吉の刺客」では雰囲気が変わり、鉄砲の名手を主人公に、海戦を描いたアクション小説です。

伊東 謀略物と悲劇の後ですから、すかっとした夏空のようなアクション物がいいかなと。以前に『バトルオーシャン/海上決戦』という文禄・慶長の役を舞台にした韓国映画を観たのですが、僕ならもっと面白い話にできると思って書きました(笑)。

――短いながらもハリウッド映画的なダイナミズムがありますね。根来寺で育ち鉄砲の名人になった玄照が、秀吉に朝鮮軍の名将、李舜臣の暗殺を命じられる。李舜臣の人間的魅力に触れて、玄照が揺れていく様子が読ませ所ですね。

伊東 文禄・慶長の役では、数多くの悲劇が生まれました。その一つが降倭です。日本人でありながら、様々な理由で朝鮮軍に降伏し、朝鮮軍のために働いた武士たちのことです。玄照は降倭に化けて朝鮮軍に潜り込むのですが、次第にそういう立場に堪えられなくなっていく。最後に意外な結末が待っていますが、そこはストーリーテリングの妙。それが作家として自分の強みだと思っているので、うまくそれが発揮できた一編だと思っています。

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最終更新:7/21(日) 7:30
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