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佐々木朗希抜きで大船渡が準決勝へ進めた理由とは?

7/22(月) 18:43配信

週刊ベースボールONLINE

「なれ合いの集団ではない」

 佐々木朗希(3年)がグラウンドに立たなくても大船渡高が勝てた要因。その答えは4月29日、大船渡市内で行われた共同記者会見にあった。

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 佐々木が岩手県内の強豪私学ではなく、自転車通学圏内の県立校・大船渡高を選んだ理由は「中学時代から地元のメンバーとやってきて、この仲間となら甲子園に行ける」と確信したからである。

 大船渡一中時代、地域選抜チームの「オール気仙」(KWBボール)で一緒に戦った10人が大船渡高へ。ほかのメンバーも顔なじみであり、チームワークはどこにも負けない自負がある。決して「仲良しグループ」ではない。

 2017年から大船渡高を率いる國保陽平監督は4月29日、約50人が集まったメディアの前でチームの“内情”をこう語っている。

「なれ合いの集団ではなくて、勝利を目指すために、議論を活発にしている。長いときは部室で話し合いは1~2時間。腹を割って話せるところが、彼らの良い部分だと思います」

 1年夏、2年夏と大船渡高が敗退した県大会3回戦で、佐々木の登板機会はなかった。中学時代からの成長痛などの影響で、無理ができなかった。國保監督は佐々木の体調を確認しながら、大事に育成した。勝利よりも将来を優先。その方針は2年秋も変わらなかった。

 初めてエース番号を着けた同秋。東北大会出場まで「あと1勝」とした盛岡大付高との準決勝で、166球の力投も5対7で敗れた。試合後、佐々木は号泣。その一戦にすべてをかけていたことは明らかだった。翌日の3位決定戦(対専大北上高)は先発回避。大船渡高がリードした終盤のピンチで救援も、逆転負けを喫し事実上、センバツ甲子園を逃した。

 佐々木が投げなければ、勝てない。チームとしては最もつらい「声」だったはず。一冬明けた今春の県大会1回戦(対釜石高)も、佐々木の登板がないまま、チームは初戦敗退を喫している(佐々木は外野手として出場)。春はあくまで、夏への布石。2番手以降の投手育成が目的ではあったものの、不安がなかったと言えばウソである。

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最終更新:7/22(月) 19:47
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