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香港デモ弾圧はイギリス人幹部が主導していた!

7/22(月) 12:15配信

ニューズウィーク日本版

<過激な鎮圧は英統治時代の負の遺産。暴動鎮圧テクニックを受け継ぐイギリス人幹部らの存在が明らかになった>

かつては「アジア最良」と呼ばれた香港警察。だが6月の大規模デモ以来、その過剰な暴力的取り締まりに非難が集まっている。背景には、イギリスの植民地時代までさかのぼる警察の非道な手法と、暴力で対抗してきたデモ参加者、という負の遺産が見えてくる。警察の非道な手法は今も、香港警察で中心的役割を担うイギリス人警察官に受け継がれている。

ルパート・ドーバー警視の似顔絵

香港警察は1994年に外国人の採用を中止したが、一部のイギリス人幹部は返還後も香港警察にとどまって上層部を牛耳っている。非難を浴びた6月12日のデモ弾圧でも、ルパート・ドーバー警視を筆頭に3人のイギリス人幹部が中心的役割を担った。

この日、香港警察は平和的なデモに対してゴム弾や催涙スプレーを使用。機動隊に殴られて失神するデモ参加者もいた。いずれもドーバーらの指示によるものだった。

しかし返還後の香港警察の暴力的取り締まりは、より深いところに根差している。

事の発端は中国の文化大革命が最高潮に達した1967年。香港では本土の紅衛兵の活動に触発された労働争議が相次ぎ、やがて親共産主義の暴徒が爆弾を仕掛けるなど史上最悪の暴動に発展した。香港警察は暴力的な鎮圧に乗り出し、51人が死亡、数百人が負傷した。

香港警察は、イギリス本国にとって過激すぎる新戦略をまず植民地で試したのだ。イギリス警察はその手法を学んで自国のデモ鎮圧に使いたがった。

サッチャー政権下の1981年、人種暴動への対応で批判を浴びたイギリス警察は、香港警察トップに協力を要請。香港警察幹部1人がイギリスに派遣され、デモ鎮圧の手法を全て伝授した。

イギリスから「逆輸入」

専門家によれば、香港警察の手法は「武力と殺傷力のある兵器、広範囲の攻撃とデモ参加者の拘束を駆使」し、弾圧的な法律と夜間外出禁止令も組み合わせる。画期的なテクニックは現在世界中で広く用いられている。その1つが催涙ガスと盾を使ってデモ隊を狭い地域に閉じ込める「ケトリング(包囲)」で、香港警察に新設された機動部隊が1967年に試験的に使ったのが最初だった。

香港警察幹部はイギリス警察に対し、デモ参加者の拘束、催涙ガス発射、群集威圧といった任務に特化した専門の「暴動鎮圧部隊」を新設することも助言。10週間の訓練プログラムを開始してケトリング、催涙ガスの使用、群集威圧などのテクニックを指導し、イギリス警察の市民暴動対応力の急速な向上を図るよう提案。イギリス警察は1984~85年の炭鉱ストに対する暴力的な取り締まりでこれらのテクニックを見せつけた。

香港警察の手法がイギリスで成功した結果、ドーバーら新世代の警察官は香港赴任前からそうした訓練を積んでいた。そして35年後の今、香港警察は立法会ビル前の平和的で非武装のデモ隊を暴力的に取り締まった。

6月12日の香港警察の取り締まりで最大の汚点は、民主派議員の胡志偉に向かって催涙弾を発射したことだ。非武装のデモ参加者を殴打した警官隊に、胡は丸腰で近づいていった。現場の映像には、明らかに現職議員と分かる胡に対して催涙弾を発射するよう部下に指示する白人警官の姿が映っている(ドーバーとは別の幹部と判明したが、ドーバーも同じ部隊にいたことが分かっている)。

自らの香港統治時代の暴力の遺産に対処するため、イギリスは行動を起こすべきだ。

From Foreign Policy Magazine

ジャック・ヘイズルウッド(英NGO「ブリッツ・フォー・ホンコン」共同創設者)

最終更新:7/22(月) 19:39
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