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『八景坂鎧掛松』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第42回

7/23(火) 15:31配信

nippon.com

歌川広重「名所江戸百景」では第26景となる『八景坂鎧掛松(はっけいざか・よろいかけまつ)』。千葉まで一望できた大森駅付近にあった名所を描いた一枚である。

四季折々の絶景が望めた東海道近くの景勝地

現在のJR「大森」駅近くにある池上通りの八景坂は、江戸時代には人気の景勝地であった。池上通りは、かつて高台の最上部を通る道だったので、八景坂は上るのが大変なほど急な坂だったという。坂の上には、「鎧掛松」と呼ばれる高さ約20メートルの大木が立っていた。八幡太郎として知られる平安後期の武将・源義家が後三年の役(1083-87)で東征した際、この松に馬をつなぎ、鎧を掛けたと伝わっている。

広重は八景坂からの眺めを春の景として描いている。江戸湾の先、房総半島まで見渡せ、義家が一休みしたのも納得の絶景だ。坂の下には田地が広がり、東海道の目印である松の並木や、海に面した品川宿も見える。広重が描いた鎧掛松は義家の時代から数えて3代目とされ、近くには茶屋があり、かごで上って来る人もいることから当時の人気がうかがえる。

現在の八景坂は、大森駅西側を線路に沿って走る緩やかな坂である。鎧掛松があったのは、駅西口前の高台に鎮座する神明山天祖神社(八景天祖神社)の境内だという。神社入り口の案内板には、坂の上から望めた景色の中で「『笠島夜雨(かさしまやう)、鮫州晴嵐(さめずせいらん)、大森暮雪(おおもりぼせつ)、羽田帰帆(はねだきはん)、六郷夕照(ろくごうゆうしょう)、大井落雁(おおいらくがん)、袖浦秋月(そでがうらしゅうげつ)、池上晩鐘(いけがみばんしょう)』という八景が選ばれ、八景坂というようになったといわれる」とある。

池上通りから神社境内へ上る道は、正面の急峻な男坂と、うかいしてやや緩やかな女坂がある。境内は周辺で最も高く、四季折々の絶景を眺められたと推測できるが、今は周囲にビルが立ち並ぶ。3代目の松は1917(大正6)年の台風で倒れ、その切り株だけが拝殿脇に残っている。境内を見渡すと、女坂の最上部に背の高い松の木があったので撮影した。坂の角度やうかいの具合など、往時の八景坂がしのばれたので作品とした。

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最終更新:7/23(火) 15:31
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