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【書評】‘李香蘭’が川島芳子に仕掛けたインテリジェンス工作:川崎賢子『もう一人の彼女』

7/23(火) 16:12配信

nippon.com

野嶋 剛

戦前、中国のシネマ界で李香蘭として大人気を博し、戦後はメディアや政界で活躍した山口淑子には、インテリジェンス関係者の影がいたるところにつきまとっている。「歴史の犠牲者」としての李香蘭のイメージ定着の裏に、「情報」をたくみに使いこなして生き抜くしたたかな一面があった。

諜報の世界とのコネクション

日本と中国が良くも悪くも、あまりにも深く関わった戦前。今では想像つかないほど、日中両国間を文字通りまたにかけて大活躍した人物が数多く現れた。そのなかには、妖しい輝きを放った「国籍不明」のスターたちがいた。

その一人が、2014年に94年の生涯を閉じた山口淑子だ。戦後、参議院議員を3期務めた「山口淑子」よりも、戦前に満州映画や中国映画のスターとして中国で圧倒的知名度を誇った「李香蘭」の名前が、むしろ響き渡っている。

戦後は米ハリウッドのエンターテイメント界にも一時、「シャーリー・ヤマグチ」として進出していた。その数奇でドラマに満ちた華麗なる生涯を、これまでスポットが当たっていなかった「諜報」という視点で掘り下げたのが、文芸評論家・川崎賢子の新刊「もう一人の彼女 李香蘭/山口淑子/シャーリー・ヤマグチ」(岩波書店)である。

川崎は、生前の山口淑子とも面識があったが、この作品では、綿密な史料検証の手法によって一つひとつの事実を丹念に洗い出し、山口淑子と日本、中国、米国のインテリジェンス組織とのコネクションを浮かび上がらせている。

激動の時代を生き抜くなかで、無視できない権力や資力を有していた「諜報」の人々とつながること抜きには、国際スターの座は掴めなかったのかもしれない。諜報サイドも「人心収攬」で大きな効果を発揮するスターの利用価値を「李香蘭」に見出したのも当然だ。

川崎は、自らの執筆動機について、山口淑子の人生語りに対して、納得のいかないところがあったことを示唆しながら、こう記している。

「研究批評の視点から精読すると、何かが語り落とされているような、あるいは重大なことがらがありがちな些細なことがらであるようにさらりと語られすぎているような、いぶかしいおもいにとらわれることが、ままある」

山口淑子の著述に対するチャレンジと受け止められかねないだけに、川崎も慎重に言葉を選んではいるが、神話化された山口淑子の「仮面」を剥がしていく研究者としてのこだわりが、本書の執筆動機と見ることができるだろう。

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最終更新:7/23(火) 16:12
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