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「生まれた環境」による学力差を縮小できない〈教育格差社会〉日本

7/24(水) 7:00配信

現代ビジネス

大卒の「友達」はだいたい大卒?

 みなさんが「友達」という言葉を聞いて頭に思い浮かべる人たちのうち、何割ぐらいが4年制大学を卒業している大卒者(もしくは現役の大学生)だろうか。「知り合い」だとかSNSで繋がっている人たちでもいい。

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 もし、わたしたちが無作為に他者と出会っているのであれば、昔に比べ進学率が高くなった20代であっても、大卒である「友達」の割合は50%ぐらいになるはずだ。

 しかし、あなたが大卒であれば、「友達」の大卒割合はかなり高いだろう。筆者も大卒であるが、頭に思い浮かぶ同世代のほぼ全員が大学を卒業している。

 このような関係性の「偏り」は、偶然でも何でもなく、わたしたちが小学校に就学する前から緩やかに始まっている。本人が変えることのできない初期条件(「生まれ」)である、出身家庭の社会経済的地位(Socioeconomic status, 「SES」と省略)と出身地域によって、わたしたちはそれぞれ似た人たちと一緒に育ってきているのだ。

 以下では、そうした日本の教育格差がどれほどのものであるのか、そして「生まれ」による格差が、日本社会の中では、どれだけ「縮まりづらい」ものであるのかを見ていく。

 本論に入る前に2つの「生まれ」を定義しよう。耳慣れない言葉かもしれないが、「社会経済的地位(SES)」は経済的、文化的、社会的要素を統合した地位を意味する。

出身家庭のSESは、世帯収入、親の学歴・文化的所有物1
や行動2
、職業的地位などを含み、学力偏差値のように1つの連続した数値にすることが多い。 出身地域は、子供時代(たとえば15歳時)に育った地域のことだ。SESの高い家族は大都市に住む傾向があるので、SESと地域は緩やかに重なっている。換言すれば、似たSESの個人が集まることで地域間格差が形成されていることになる。

 こうした出身家庭のSESと出身地域によって、相対的に有利・不利な教育環境が地層のように細かく折り重なっているのが、教育格差社会「日本」の姿だ。

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最終更新:7/24(水) 7:00
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