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ハライチ岩井が珪藻土と自然薯を恐れるワケ

7/26(金) 10:25配信

Book Bang

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「ハマる」です。

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第22回「ハマる」

 何かにハマると集中的にそればかりやってしまう。

 ハマると飽きるまでやってしまうことはある。“飽き”というのは恐ろしく、いくら好きだったものでも急に興味を削がれる。飽きなければ好きなことを延々とやっていられるので、どれだけ幸せだろうと考えたこともある。しかし、そうなると新しいものは何も生み出されず、人は進化をやめるだろう。飽きることで前進しているんだという結論にたどり着いた時、これからも“飽き”によって前進させられるのか。と思ってちょっと疲れた。

 しかしハマっていたことに飽きる前に、パタリとやめてしまうこともしばしばあるのだ。

 少し前に、珪藻土(けいそうど)にハマっていた。水をみるみる吸い取ってくれる石のようなもので、珪藻土を使う代表がバスマットだ。普通のバスマットは布製で、風呂上がりに乗れば水気は吸い取ってくれるがバスマット自体が濡れてしまい、割とすぐ洗うことになる。しかし珪藻土で作られたバスマットは、乗ると水気を吸い取った後、瞬時に乾く。吸い取れる量もかなり多いので、バスマット自体がビショビショになる心配もない。画期的な素材だ。

 この珪藻土にハマってしまい、珪藻土を使った日用品を色々買っていた。コースターや、砂糖や塩のケース内の湿気を取るために入れておく珪藻土ブロック、珪藻土でできた傘立てなど……家の水気や湿気を避けたい、あらゆるものを珪藻土に替えていった。

 ある日、いつものように風呂に入った後、珪藻土のバスマットの上に乗って体を拭いていた。しかしバスマットが足の裏の水気を吸い取り切った時、ふと、ある不安が頭をよぎった。

 このまま珪藻土の上に乗り続けていたらどうなるんだろう? 

 風呂上がりの水気を全部吸い取った後、珪藻土に乗り続けていたらどうなるのか。もしかしたら体についた水気を吸い取り切った珪藻土は、水分を求め、僕の足の裏から体内の水分を吸い取り始めるかもしれない。いつも珪藻土が水気をスーッと吸収する時のあの感じからすると、それもあり得るような気がしてくる。

 足の裏からいつの間にか水分を吸い取られた僕は、みるみる痩せ細り、気付けば珪藻土から降りることもままならないほどガリガリになってしまい、ついには骨と皮だけとなった遺体として数日後に自宅で発見されるのである。珪藻土とは恐ろしい素材だ。僕は怖くなって、すぐさま珪藻土から降りた。

 そんな想像をすると珪藻土に対してさらに不安が増す。コースターや、砂糖や塩のケースに入れてある珪藻土を触るたび、指先から体内の水分を吸い取られているような気になってくる。珪藻土の傘立てに置いている傘が、ガリガリに痩せ細り、最終的に朽ちて粒子となるんじゃないかという気さえしてくる。

 それ以降、うかつに珪藻土に近付けなくなって、僕は珪藻土を使うのをやめた。

 食べ物に急激にハマることもよくある。

 ある日、スーパーで買い物をしていると野菜コーナーに自然薯(じねんじょ)があるのを見つけた。自然薯とは山芋の一種で、長芋のようにおろし器ですりおろすと、粘り気のあるとろろ状になる野菜である。スーパーでは珍しいと思いながら、僕は自然薯のある料理を思い出していた。

 一度、自然薯を売りにした和食の店に行ったことがあったのだが、そこで出てきた鍋が美味(おい)しかったのだ。鶏肉と野菜を醤油ベースで味付けした鍋に、最後すりおろした自然薯をかけるのである。鶏肉と野菜に自然薯がうまく絡み合ってまろやかな味になり、絶妙な美味しさの鍋だった。それを思い出した僕は、家でその鍋を再現してみようと思い、自然薯と鶏肉と野菜を買って帰った。

 家に帰り、早速土鍋を出してきて鶏肉と野菜を入れた醤油ベースの鍋を作る。そして買ってきた自然薯を1本丸々すりおろし、出来上がった鍋の上からかける。鍋の上を覆い尽くすか尽くさないかくらいの量の自然薯をかけたら、蓋をしてしばらく自然薯を温めて完成である。

 出来上がりの見た目はいい。問題は味である。椀によそって食べてみると、思いの外美味しい。それどころか思い出の店の味を8割方再現できている気がする。僕はその鍋の味にハマってしまい、その日の夜1人でペロリとたいらげた。

 それから数日経つと、また無性にあの自然薯鍋が食べたくなった。白いネバネバとしたイメージが僕の頭を巡っている。気がつけば自然薯を買ったスーパーの前まで歩いて来ていた。野菜コーナーに行くと、やはり自然薯が置いてある。自然薯中毒となった僕は、前回より自然薯を多めに入れたらより美味しいんじゃないか。と思いつき、自然薯を2本カゴに入れた。鶏肉と野菜とともにそれを買い、家に帰った。

 家に着くと、前回と同じように鍋を作った。買ってきた自然薯を、今回は2本おろし器ですりおろす。ボウルになみなみ入った前回の倍の量のすりおろした自然薯が出来上がると、作った鍋の上にそれを全部かける。すると鍋の上を自然薯が覆い尽くし、溢れんばかりの量になった。そして自然薯を温めるために蓋を閉めた。しばらく待てば完成である。しかし、しばらくして蓋を開け、中を見て僕は驚愕した。

 自然薯が鍋の具材の全てを飲み込んでいるのである。自然薯を入れすぎたのだ。上にかけただけのはずの自然薯が鍋の中まで入り込み、1つの塊となり、まるで大きいアメーバのようになっている。鍋の汁気も自然薯に飲み込まれ、気色の悪いドロっとした白い塊と化していた。一応スプーンで味見もしてみたが、前回の鍋のとは到底似つかない、酷い味であった。

 どうにも食べられないので捨てようと思ったが、液体でも固形でもないドロドロのそれは、排水溝にも流せず、ゴミ箱にも捨てられず、どうすることもできない。とりあえずその日はもう一度蓋をして放置し、寝ることにした。

 次の日、自然薯に飲み込まれた白い塊の始末を考えていると、ふとある考えにたどり着いた。恐ろしいものと恐ろしいものを戦わせて相殺すればいいんじゃないか。そうである。珪藻土バスマットに自然薯を吸わせるのだ。もしも、お互いの力が同じであればどちらとも消滅するんじゃないか。

 しかしそこまでは思いついたが、どちらかが勝った場合、勝った方の恐ろしさを再確認することになるんじゃないか。と、さらに怖くなった。

 ハマっていたことに飽きる前に、パタリとやめてしまうこともしばしばある。こうして僕は珪藻土を使うことと、自然薯を食べることを、パタリとやめたのだった。

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次回の更新予定日は2019年8月9日(金)です。

新潮社

最終更新:7/26(金) 10:30
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