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芥川賞受賞『乳と卵』を抱え込み、孵化させた、新たな長篇作品

7/26(金) 7:00配信

Book Bang

 芥川賞受賞作の中篇『乳と卵』を書き直すだけでなく、『乳と卵』を抱え込み、孵化させて、新たな長篇作品を産み出した。

 大阪から上京してきた夏子のアパートを、姉の巻子と姪の緑子が訪ねてくる。巻子は緑子を出産後、しぼんだ胸の豊胸手術を受けたいと言い、働きづめで健康を害しているらしい。大人へと変わっていく自分の体への不安もあり、緑子は口を利かなくなっている。このあたりはおおむね『乳と卵』の通りである。

 それから八年後。実は作家志望で、フルネームが「夏目夏子」だと明かされた夏子は短篇集を一冊出してどうにか作家になったが、次の長篇を書きあぐねている。緑子は大学生となり、彼女がかつてノートに書きつけた「なんであたしを生んだん」という哲学的根源的な問いは、「子どもを生むか、生まないか」に形を変えて、三十代後半になった夏子へと引き継がれる。

 恋人との間であっても性行為に拒絶感がある夏子は、AID(非配偶者間人工授精)による出産に関心を持ち、AIDを考える集まりに顔を出すようになる。

 夏子が子どもを産みたい理由ははっきり説明されない。あらかじめ生殖から排除されることへの怒りか、祖母や母への思いからか。彼女自身も整理しきれないようである。対照的に、周りの編集者も作家仲間も姉も、思い思いに反対し、あるいは応援する。小さいときから働いていた夏子が聞き上手なのか、彼女の中の弱さが引き出すのか、女性はみな、自分の信じる正しさを饒舌にぶつけてくる。

 きわめつきは、AID関連の集まりで知り合った逢沢の恋人、善(ぜん)百合子である。逢沢同様、AIDで生を受けた百合子の「反出生主義」には確かな理由があり完璧に理論武装されているのだが、百合子の声にきちんと耳を傾けたうえで、夏子は自分らしい選択をする。新しい一歩を踏み出すのである。

[レビュアー]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

新潮社 週刊新潮 2019年7月25日号 掲載

新潮社

最終更新:7/26(金) 7:00
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