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「走る」より「止める」が難しい 20年走り続けたタクシー運転手が免許返納した理由

7/29(月) 8:10配信

NIKKEI STYLE

《連載》バックミラーのいとしい大人たち 鉛筆画家 安住孝史氏

夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(81)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。

【鉛筆画はこちらで】 神楽坂らしいたたずまい

■運転には敏捷性や判断力、カンが必要

今回はちょっと番外編で、僕自身のことを書こうと思います。79歳で自動車の運転免許を返納した理由のことです。近ごろ頻繁に報じられる高齢者の運転事故のニュースを、とても痛ましく思うからです。交通事故は被害者やその家族はもちろん、加害者とその家族も不幸に陥れます。タクシー運転手という仕事柄、そんな例をたくさん見たり聞いたりしてきました。それだけに、やはり高齢となったら免許を返納するのが一番だと思うのです。

僕がタクシー運転手になったのは28歳のときです。タクシーの使命は、お客さまを安全かつ最短距離で目的地までお乗せすることですが、今とは時代が違います。場所やルートを教えてくれるナビゲーターはなく、新米にとってまず大事なことは場所を覚えること、そして道路の状況を把握することでした。

都内には同じ地名や似た地名があります。道路には右折禁止もあれば、速度制限もあり、標識も色々です。新宿区にある神楽坂のように、午前と午後では一方通行が逆になる道まであるのです。危険な交差点や信号機の数、車の流れまで熟知しなければなりません。僕も現役のときはナビゲーターより都内の地理に詳しいと自負していました。

車の運転には敏捷(びんしょう)性や判断力、カンが必要です。注意力の配分は「前方6割、後方4割」とも思っています。路地からボールが転がってきて急停止なんてこともありましたし、お客様から急に右折や左折を指示されるときもあります。こうしたことには常に状況を把握していないと対応できないものだと思います。

■「90歳になっても運転できる」

車を走らせるのは簡単です。難しいのはいかに止めるか、なのです。人や物に当たらず止められたなら、深刻な事故にはならないでしょう。突然の事態にも対応して、しっかり止まることができるのが本当の運転技術なのです。たとえ時速200キロで走れる車両でも、危い場所では20キロで走らせる、こういう判断が大事です。

僕は3つのタクシー会社を経験しましたが、どこも歓迎してくれました。免許証はゴールド(5年間無事故・無違反)ですし、売り上げも悪くありませんでした。出庫前に、その日の相棒となる車のファンベルト(車体への電力供給などを担うベルト)やラジエーター(エンジン冷却装置)の水などを点検し、車に「よろしく」とあいさつして出発しました。

76歳で免許証を更新したときは、教習所の教官から90歳になっても運転できると褒められました。それはちょっとした自慢になりましたし、自分でも自信がありました。しかし半年ほど過ぎた時、事故を起こしそうになりました。

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最終更新:7/29(月) 11:12
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