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ソフト開発で世界と闘った及川卓也氏が見た、日本の弱点と可能性

8/1(木) 8:03配信

中央公論

及川卓也氏(エンジニア・Tably株式会社創業者)インタビュー 聞き手・岸 宣仁氏(経済ジャーナリスト)

―─外資系IT企業三社をそれぞれ九年間ずつ、二七年間経験されましたが、そんなご経験に関心を持った自動車部品最大手のデンソーから声がかかり、技術顧問をされていますね。

 自動車産業は日本にとって最後の砦とも言えるものですが、デジタル化の進展にともなって、MaaS(Mobility as a service、マイカー以外の公共交通機関やカーシェアなどの移動全体を一体のサービスとしてとらえる概念)や、CASE(自動車業界の変革を象徴する造語。接続のConnected、自動運転のAutonomous、カーシェアリングのShared、電気自動車のElectricの頭文字から成る)、あるいはIoT(モノのインターネット)など、取り巻く環境が激変しています。変化の主体は産業のサービス化であり、その背景にデータをいかに有効活用するかという技術や、事業化のノウハウが求められ、そうした点で期待されたのだと思います。

―─及川さんの経歴からすると、スタートアップ企業の支援のほうが合っているように思いますが、大企業の技術顧問を受けたのはなぜですか。

 正直いって、私は日本の大企業に期待していませんでした。むしろ、スタートアップ企業のほうがモチベーションも高く、日本経済への貢献度が大きいと思っていましたが、やはりそこには企業規模の問題があることを痛感しました。一般的なスタートアップ企業だとAIの研究者は一〇人とか一五人に過ぎませんがデンソーは桁が違います。事業をグローバルに展開していますし、全社員数は一七万人。研究開発費一つとっても規模が違う。日本が変わるためには大企業から変えたほうが早いし、大きなインパクトが期待できると考え、要請をお受けしました。

―─デンソーに限らず、日本企業はGAFAが主導するデジタル化の波に追いつけるでしょうか。

 ソフトウェア開発の世界に、「アジャイル」という言葉があります。「小さなサイクルを高速で回す」という意味ですが、これがデジタルの世界では重要です。

 つまり、正解がわからない世界における開発は、仮説を立てて、それが正しかったかどうかを検証する作業を何度も繰り返すことが大事であり、この仮説・検証という小さなサイクルを高速で回すことによって製品開発が完結するのです。

 日本企業の特質として、一つ一つのプロセスが後戻りしないよう、非常に綿密にチェックしてきましたが、デジタル化時代はそれでは勝ち抜いていくことが難しいと思います。

―─日本の企業風土から変えないと、世界では闘えないのかと不安になりますが、やりようによっては日本企業にも勝ち目はあるのでしょうか。

 私が在籍したグーグルにしろ、マイクロソフトにしろ、最近の闘いの座標軸はサイバーからリアルに移ってきています。つまり、グーグルのグループ企業ウェイモが自動運転車を開発したり、アマゾンが米国のスーパー大手、ホールフーズ・マーケットを買収したりする動きです。言い換えれば、これまでの空中戦から地上戦に闘いの方法が変化してきているということです。

 従来、日本企業は地上戦が得意でした。やり方さえ間違えなければ、これからでも十分に闘えます。

 GAFAは多くのデータを抱えていますが、データだけではものづくりはできません。データをリアルの世界で生かすには、製造業のノウハウや、販売エリアの文化に対する理解などが必要なのです。

 どちらが有利ということではなく、両者のハイブリッドが闘いのゆくえを決めるので、あくまで“やり方さえ間違えなければ”という前提付きですが、十分やれると思います。

―─及川さんは「プログラマーが底辺に位置づけられる日本企業から、GAFAは生まれない」とも言っていますが、その真意は何ですか。

 日本のソフトウェア開発の世界では、しばしば「工場」が比喩として使われます。しかし、この考え方は間違っています。工場というのは、チームで切磋琢磨しながら勤勉に品質を向上させていくイメージで、プログラマーを「工員」としてとらえているのだと思いますが、ソフトウェア開発は本来、研究やナレッジワークなのです。

 製造業は企画があって、工場が設計図をもとに大量に製造し、販売に至るという一連の流れがあり、この工程をさかのぼることはありえません。売ってみて初めて失敗に気付くことも多い。これに対して、ソフトウェアはデジタルなので一つだけつくればいいわけですし、ひとまずプログラムを書いてみて、ユーザーからの反応をふまえて設計から一部見直すことがよくあるのです。これは繰り返しになりますが、アジャイル型の開発の本質で、一度先に行ったものでも、おかしいと思えば前に戻ってやり直すのが当たり前です。ところが、日本のプログラマーは末端で、設計図に描かれたものをただつくるだけの存在になってしまっています。

 グーグルにしろ、アマゾンにしろ、いかに多くの天才プログラマーを雇っているかということを、日本企業が理解できていないのは、そもそもソフトウェア開発とはどういうものかがまったくわかっていないからではないでしょうか。

 企業にとって肝になる「人」にこそ投資すべきです。私がデンソーやクライアントの企業で取り組んでいるのは、GAFAに匹敵するような人材を採るために、採用や人事評価、組織設計や人材育成を改善することです。とりわけプログラマーの世界ではフラット化が進んでいますから、優秀な人ほど海外の企業や、国内でも外資系企業に行ってしまう事態がどんどん起きているのです。

おいかわたくや
1965年東京都生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、88年日本DECに入社。97年よりマイクロソフト日本法人でWindows製品の開発に携わる。2006年よりGoogleにてWeb検索のプロダクトマネジメントやChromeのエンジニアリングマネジメントなどを行う。15年Incrementsに転職。17年独立。19年Tably株式会社を設立。現在、デンソーの技術顧問も務める。

(月刊『中央公論』2019年8月号より抜粋)

最終更新:8/1(木) 8:03
中央公論

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