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スイスの探検一家3代目、ブライトリングと挑む新地平

8/1(木) 6:04配信

NIKKEI STYLE

《時計》ベルトラン・ピカール氏に聞く

 宇宙船並みの設備を搭載した熱気球「ブライトリング・オービター3」で1999年、気球による無着陸世界一周に初めて成功したスイスの探検家、ベルトラン・ピカール氏(61)。祖父オーギュスト・ピカールは気球で初めて成層圏に到達、気球の原理を応用した深海探査艇「バチスカーフ」を発明したことで知られ、父ジャック・ピカールはそのバチスカーフで世界最深のマリアナ海溝へ潜水したことで知られる。無着陸世界一周から20周年を迎えたピカール氏に探検への思いを聞いた。

【写真はこちら】ブライトリングと挑んだ熱気球による無着陸世界一周

■気球による無着陸世界一周から20周年

――無着陸世界一周から20周年を迎えました。そもそもの発端を教えてください。

「1992年、気球による大西洋横断コンテストに際して、チームのスポンサーを探していたときのことです。スイスの高級時計ブランド「ブライトリング」のオーナーに支援を依頼する電話をかけたところ、その日が偶然にも彼の誕生日でした。『きょうは非常に気分が良い。請け負いましょう』と快諾してもらいました」

「幸いにもコンテストでは優勝することができました。するとオーナーから『せっかく優勝したのだから、ほかにもアイデアがあるのなら手伝おう』との申し出をいただきました。そこで計画していた気球による世界一周への支援をお願いしました。これが『ブライトリング・オービター』プロジェクトの始まりです。結局、2回失敗してようやく3回目に成功することができました。私の2回の失敗を忍耐強く我慢していただいたことに非常に感謝しています」

「その後もブライトリングとの友好関係が続き、私が設立した人道支援のための『ウインズ・オブ・ホープ基金』をサポートしてもらっています。現在は太陽光を動力源とするソーサラープレーン『ソーラー・インパルス』のプロジェクト(2016年、ピカール氏が操縦士となり世界一周を達成)についても支援していただいたいます」

■祖父や父から「人生は探検」だということを学んだ

――3代続いての探検家です。

「教育からきているのだと思います。父も祖父も探検家でしたので、宇宙飛行士や色々なパイオニアの人たちに小さいころから会うことができましたし、『人生は探検』だということを彼らから学んだのだと思います。『新しい世界に向けた人生をおくることが重要であり、すでに確立された世界で暮らすよりもはるかに大切だ』ということを学びました」

――家族で共通している点はありますか。

「祖父は物理学者で、父は海洋学者でした。私は精神科医です。環境に対する科学の探検、これが私たちの共通点だと思います。ですので、何か目立つようなものではなく、世の中に役立つことを考えてきたといえます」

「祖父がバチスカーフを発明したときには、深海の水圧に対抗するシステムとして、浮力材にガソリンを使うことを考えました。父がバチスカーフでマリアナ海溝に潜ったのは、海溝の底にも生物が存在することを証明したかったからです。というのは当時、原子力発電で生じた放射性廃棄物をマリアナ海溝に捨てようとする動きがあったのです。父の探検で深海にも魚が生息することが分かり、そうした動きを止めることができました。これは環境保全に対する大きな貢献だったと思います。私の場合は、最初の探検は気球によるもので風と一緒でしたが、次はソーラープレーンで太陽と一緒ということになります」

――探検家になろうと思った具体的なきっかけは何ですか。

「1969年7月のことです。父が潜水艇による長期潜水の探検に出発したのですが、それと同じ時期にアポロ11号の打ち上げがあり、招待状が届いたのです。自分もこういう人生を送りたいと思いました」

「以来、さまざまな分野で探検をしてきました。精神科医として心の中を探検し、ブライトリング・オービターとソーラー・インパルスで空を探検しました。現在、私が取り組んでいるのは環境破壊が進む地球を救うための解決法を調べることです。日本でも私たちの取り組みに関心を持っていただければ非常にうれしく思います」

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最終更新:8/1(木) 6:04
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