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「野球とタバコ」の断ち切れない悩ましい関係

8/2(金) 5:10配信

東洋経済オンライン

 昭和に大人になった世代では珍しいと思うが、筆者は1度もタバコを吸ったことがない。固い信念があったわけではなく、いつの間にかそうなったのだ。しかし、昭和の日本では喫煙は当たり前の習慣だった。

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 大学生になれば、みんながタバコを吸った。筆者は京都の立命館大学に通った。

 関西六大学野球(当時)の伝統の一戦、立同戦(同志社大学に言わせれば同立戦)では、試合途中に応援リーダーから「煙幕いくぞー!」と号令がかかると応援席の学生は、みんな胸いっぱいにタバコを吸い込み「いけー」の号令で一斉に煙を吐き出したものだ。

 西京極球場(現わかさスタジアム京都)の客席は、春霞のような煙に包まれた。味方が煙たいだけで、相手にはなんのダメージも与えないが「煙幕攻撃」は、大学野球ならではの応援だった。全面禁煙の今の球場では考えられない。

■タバコを吸うのが当たり前だった昭和時代

 昭和の時代、世の中には「禁煙スペース」はあったが「喫煙スペース」はなかった。「禁煙」と書かれていない場所では、どこでもタバコOKだったのだ。

 筆者は広告会社に入ったが、打ち合わせはもうもうたる煙の中でするのが常だった。副流煙もへったくれもなかった。筆者のようにタバコを吸わない社員も、ヘビースモーカーに付き合って薫製のようになりながら打ち合わせをした。帰宅すると親が「タバコ臭っ!」といったものだ。不思議なことに、そのころはタバコの煙を浴びても、苦しいとも不快とも思わなかった。そんなものだと思っていた。

 昭和のプロ野球選手も当然のように愛煙家だった。殊勲打を打った選手は、試合後にロッカールームで記者団に囲まれて、うまそうにタバコを一服吸ってからインタビューに応えたものだ。それは「男の美学」を感じさせる光景だった。

 ただ、世界的に見れば、この時代でもアスリートが喫煙するのは異常なことではあった。スポーツライターのマーティ・キーナートは1988年に出した『ニッポン野球、一刀両断―外人選手170人の証言』(石田パンリサーチ出版局)で、外国人選手の多くが、日本の野球選手がロッカールームで平気でタバコを吸っていることに驚いていると書いた。

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最終更新:8/2(金) 5:10
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