ここから本文です

明治日本の産業革命

8/7(水) 15:16配信

nippon.com

近代化の裏には江戸時代の高度な産業

ただ、急激な技術の移植や資本主義化に成功したのは、実は江戸時代から素地があったからである。

江戸時代の日本では、武士が藩校で学ぶだけでなく、多くの庶民が寺子屋に通って読み書きができた。このため出版文化が花開き、人びとはさまざまな本を読んでさらに教養を高めていった。和算と呼ばれる日本独自の数学は、世界的に見てもかなり高度な内容を含んでいた。日本の初等教育は世界一ともいえるのである。

米国海軍のペリー提督は、日本に西洋文明のスゴさを見せつけようとして、日米和親条約を結んだ際、アメリカの武器、電信機、そして蒸気機関車の模型を贈った。蒸気機関車は実際に時速32キロで走らせている。

ところがわずか1年後、佐賀藩が独力で蒸気機関車の作成に成功しているのである。薩摩藩などはその前から蒸気機関の試作に成功したといわれている。伊予宇和島藩も間もなく蒸気船をつくりあげている。佐賀藩などは大砲製造所をつくり、英国の最新のアームストロング砲の模造に成功している。

このように幕末の日本は文明が遅れているどころではなく、たちまちにして西洋の文明や技術を模倣できるだけの力を持っていたのである。これはペリーたちも感じたらしく、「もし日本が開国したら、米国の強力なライバルになるだろう」という趣旨の言葉を残している。

いずれにせよ、すでに幕末の段階で、このような状況だったからこそ、日本は明治維新後、わずか20年で産業革命を経て資本主義国家に転身、戦争で清国やロシアに勝って世界の強国に成り上がることができたのである。

【Profile】

河合 敦 KAWAI Atsushi
1965年東京生まれ。多摩大学客員教授。早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(日本史専攻)。高校で日本史を教えるかたわら、歴史研究家、歴史作家として精力的に執筆活動を行ってきた。これまで200冊以上の著書を出版。近著は『日本史は逆から学べ』(光文社知恵の森文庫)『異説で読み解く明治維新』(イースト・プレス)などがある。

3/3ページ

最終更新:8/7(水) 15:16
nippon.com

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事