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文芸誌7月号、次の芥川賞まではもっとも遠い号だが見ておくべき新人が

8/7(水) 7:00配信

Book Bang

 下半期の最初にあたる文芸誌7月号は、次の芥川賞までもっとも遠い号になるためか、新人の作品には力を入れていない印象を受けることが多い。『小説トリッパー』は季刊だが、夏季号は発売日的に他誌7月号に準ずる。同誌掲載の高山羽根子「如何様(イカサマ)」が、今回の新人小説では唯一見ておくべきものだと思われた。

 舞台は終戦直後の日本。記者で探偵のようなこともしている女性の「私」が、美術系出版社の記者・榎田の頼みで、平泉貫一という画家について調べている。復員後の貫一が出征前と別人のように様変わりしている、偽物かどうか調査しろという依頼だ。出征前後の二葉の写真を見比べるとたしかに似ても似つかぬ別人だが、復員後の貫一も姿を消してしまっている。

 「私」は、妻のタエをはじめとして、貫一の関係者たちを訪ねるのだが、証言を集めるにつれ、同一人物のように思われだす……。

 本物と偽物のあわいが揺らぎ、本物と偽物の価値が流転する。魅力的なアイディアだが、単純な分、一篇に仕立てるには筆力が要る。さらに難題は落着で、評者は健闘していると思ったが、意見は分かれそうだ。

 落着という点では、高橋弘希「花束と水葬」(すばる)が見事だった。学生時代にインドへ短期留学した「私」の元に、帰国後、未知の女性からメールが届く。留学先の合宿所で同室だった悠の彼女の美和だという。「私」と一緒に観光するので帰国が遅れるとメールがあったきり悠と連絡が取れない、知らないかという問い合わせだが、「私」には覚えがない。電話で美和とやりとりするうち二人の距離は縮まり、「私」は美和に勝手なイメージを重ねたものの、会うこともなく終わった。「私」が、悠のアパートで、彼の首吊り死体を発見したからだ。

 時は飛んで十数年後。結婚し子供も儲けた「私」が一家で南房総を訪れている。「私」は、防波堤を海へ進む一人の女を認める。読み手は美和と思うが定かでない。そもそも「私」にだって美和か否か判別はつかないのだ。それでいながら、女の姿と行動に一篇の要素はすべて収束するのである。

[レビュアー]栗原裕一郎(文芸評論家)

新潮社 週刊新潮 2019年8月1日号 掲載

新潮社

最終更新:8/7(水) 7:00
Book Bang

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