ここから本文です

雑草キャリアでダイヤの原石。鹿島アントラーズ番記者が語るバルセロナ・安部裕葵のスゴさ!

8/7(水) 6:40配信

週プレNEWS

レアル・マドリードに移籍した久保建英に続き、またしても日本人選手が世界的ビッグクラブへ! あのバルセロナから目をつけられた安部裕葵(あべ・ひろき)のプレーや人間性を、新人時代から追い続ける鹿島アントラーズ番記者が明かす!

【写真】2018年クラブW杯準決勝での安部

■久保とは対照的な"雑草"キャリア
6月の南米選手権で日本代表に初選出された鹿島アントラーズの安部裕葵がバルセロナ(スペイン1部)に移籍した。

バルセロナといえば、世界最高のフットボーラーとも称されるアルゼンチン代表のリオネル・メッシを擁する世界的名門クラブである。そのライバルクラブであるレアル・マドリード(スペイン1部)に日本代表の久保建英(たけふさ)が加入したかと思えば、今度はバルセロナに20歳の日本人選手が加入しようとしている。

幼い頃からバルセロナの下部組織で育った久保は知名度も高く、今後の日本サッカー界を背負う存在として大きな期待を寄せられてきた。その久保がFC東京から古巣のバルセロナではなく、最大のライバルであるレアル・マドリードに加わったことは、日本だけでなくスペインでも大きく報じられた。

一方、久保に比べると安部の存在はそこまで知られていない。安部裕葵とはいったいどんな選手なのか、その歩みを追ってみよう。

1999年生まれ、東京都出身の安部は北区の町クラブである城北アスカFC(現・城北ボレアスFC)でサッカーを始める。「兄貴がサッカーに行くなら俺も行く」と2歳上の兄の背中を追いかけ、ごく自然にサッカーの世界に足を踏み入れた。

地域のトレセンや都のトレセンにこそ選ばれたことはあるものの、その当時は背が低かったという。今では171cmある身長も当時は「『前、ならえ!』をしたことがない」というほど。つまり、いつも列の一番前に立っていたそうだ。

その後、帝京FC(現・S.T.FOOTBALL CLUB)を経て広島の瀬戸内高校に入学。全国的に知られた選手ではなかったが、インターハイでの活躍を認められ鹿島アントラーズの門を叩く。いわば久保とは対照的に日本の町クラブと高体連が生んだ"雑草"ともいえるキャリアの持ち主だ。

1/3ページ

最終更新:8/7(水) 6:40
週プレNEWS

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事