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ハライチ岩井がVIPタクシーで調子に乗った代償とは

8/9(金) 7:00配信

Book Bang

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「VIP」です。

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第23回「VIP」

「お客様、失礼ですが何の仕事をされているんですか?」

 タクシーの運転手は唐突に僕にそんなことを聞いてきた。

 テレビ番組の収録が終わって、タクシーチケットというタクシーの乗車賃を番組が払ってくれる魔法のチケットを貰い、番組スタッフが呼んでくれたタクシーに乗って帰宅している途中のことだ。僕は意図が分からないその質問に違和感と多少の恐怖を感じ「何でですか?」と聞き返した。すると運転手は「いえ、久しぶりに私VIP(ブイ・アイ・ピー)の予約を受けたもんですから」と答えた。

 VIPとは何か、運転手に聞くと「VIPの予約を受けたお客様は、より厳重にお送りしなければならないという特命のことなんですけど」と言う。厳重に……タクシーを呼んでくれたのはよく出演する番組のスタッフだ。今まで一度もそんな扱いは受けたことはない。何の手違いかは分からないが、その日はVIPのタクシーで厳重に家まで送ってくれているらしい。

「VIPの予約を受けるお客様ですと、政治家の方や企業の社長さんが多いんですけど。お客様は何をされている方なのか気になりまして」と運転手は続ける。VIPの予約を受けているんだったら余計な詮索をしないほうがいいんじゃないのか。と思いつつも、僕は「あのー……一応、お笑い芸人をやっているんですけど」と申し訳ない気持ちを抱えつつ答えた。

 すると運転手は「あ、芸人さんでしたか! いやー、芸人さんも大変ですよねー遅くまで仕事して!」と僕に言った。

 明らかに口調と声のトーンが軽くなってないか? 芸人と聞いた途端少し厳重じゃなくなってるじゃねーか。と僕はその時思った。

 しかしVIPの予約を受けているからか、運転はかなり丁寧で、ブレーキの掛け方や曲がり方など、後部座席に乗っている僕にまるでストレスがない。よく見ると車の内装もタクシーと思えないほど綺麗で、シートは革張り、ドアの内側は高級感のある木目調だ。どうやらタクシー自体もVIP仕様のタクシーらしい。

 そんなラグジュアリーなタクシーに乗っていると、僕もつかの間のVIP気分になる。いつもは見ない窓の外を見て、普通のタクシーを見つけては鼻で笑ってしまう。東京タワーや東京の町並みを見て、俺もついにここまで上り詰めたか。などと何の意味もなく悦に入るのであった。

 そうこうしている間にタクシーが自宅の近くまで来た。ただ、僕の家はどう見ても政治家や社長の住んでいるような家ではないのだ。

 運転手にVIPらしからぬ家に住んでいるとバレてはいけない。僕は自宅の近くの高級マンションの前で「あ、ここです」と言い、偽の家の前で降ろしてもらった後、高級マンションのエントランスに入るフリをして隠れ、タクシーが去るのを待った。

 しかし、運転手がタクシーの中で何か作業をしているのか、5分経っても10分経ってもタクシーは去ろうとしない。僕は知らないマンションのエントランスの前で数十分の謎の時間を過ごした。その後タクシーは去り、歩いて家まで帰った。

 だがVIPのタクシーに乗り、丁寧な運転で送ってもらうと、家に帰ってからもVIPの気分は抜けない。

 いつもはコンビニやスーパーに夕飯を買いに行くのだが、今日はVIPだ。そんな質素な飯など食べてはいられない。VIPは出前だ出前! と思い、インターネットで出前を検索する。そして美味そうな釜飯の店を見つけた。VIPは釜飯だ! そうだ、ここはVIP専用の釜飯屋に違いない。そう思いながら、メニューを見て釜飯を選ぶ。

 しかし、まさかVIPが鶏五目やそぼろと言った安い釜飯を食べてなどいられるものか。一番値段の高いいくらと鮭の釜飯を発見し、いくらと鮭の釜飯こそVIPに相応しいではないか! と確信し、釜飯屋に電話する。すると電話に出た釜飯屋の店員が「すいません。お客様の頼まれた釜飯が1500円なんですけど、出前は合計1700円以上でしかお受けできないんですよ」と言った。

 は? ふざけんなよ! VIPだぞこっちは! 1500円で頼ませろ! と思いながらも、仕方なく350円の茶碗蒸しを追加で頼んで注文したが、VIPに余計な出費をさせるんじゃねぇ! と喉元まで出かかった。

 夕飯時なこともあって、釜飯が来るまでに1時間近くかかるらしい。VIPを優先しろよ。とも思ったが、その時間で風呂に入ることにした。

 お湯を張って風呂場に向かう。だが、向かう途中で服は脱ぎ捨てる。VIPは脱いだ服など片付けないのだ。そして風呂に入る。さらにその日はVIPだからと、豪華に洗面所の下の棚に入れておいたバブを入れてしまうのだ。しかも1番好きな柚子の香りである。

 しばらく湯船に浸かり、風呂を出てVIPドライヤーで髪を乾かした後、ベルが鳴り、VIP専用の釜飯が家に到着した。釜飯と茶碗蒸しを一旦テーブルに置いたが、VIPには釜飯と茶碗蒸しだけでは物足りない気がして、冷蔵庫の上に置いておいたスパムを取り出した。

 特別な日に食べようと思っていたやつである。缶から出してフライパンで焼き、釜飯、茶碗蒸し、スパムというVIP三点セットを完成させた。そしてさらに、地方での仕事の時にもらった地酒が家にあったので、普段家で酒は飲まないが、今日はVIPだからと酒を飲みながらVIP三昧をしたのである。

 しかし普段酒をそんなに飲まないからか、その日はベロベロに酔っ払ってしまい、リビングで大の字になり爆睡してしまったのだった。

 次の日の朝起きると、起きた瞬間からズキッと酷い頭痛がした。完全に二日酔いである。

 そして気付けば、リビングでは昨日食べた釜飯や茶碗蒸しの器や皿などが散乱し、コップが倒れ酒が床にこぼれていた。キッチンも荒れていて、脱衣所の前には服が脱ぎ捨ててあった。

 そんな荒れ果てた家の中を見て、そうか、俺のVIPの時間は終わったんだ。と悟った。

 そして僕はカーテンを開け、日の光によってさらに重くなる頭痛を抱えて部屋の掃除をしながら、あぁ、VIPも大変なんだな。と思うのであった。

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この連載を収録した単行本は2019年秋に刊行予定です

新潮社

最終更新:8/9(金) 7:00
Book Bang

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