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【真夏のスーパーカー特集01】すべては常識を覆したランボルギーニ ミウラから始まった

8/9(金) 12:03配信

Webモーターマガジン

1966年のジュネーブショーに出品

スーパーカーの起源には諸説あるが、1966年のジュネーブショーで披露されたランボルギーニ ミウラがその嚆矢と考えるのが妥当だ。大排気量エンジンをリアミッドに搭載するパッケージングは、その後、スーパーカーのアイコンとして世界中で認知されることになる。

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1965年のトリノショーでランボルギーニが展示したベアシャシ「TP400」は、まだボディが被さっていないにもかかわらず来場者の目を釘付けにした。鋼板を溶接して構成されたバックボーンフレーム、そのリアミッドには4LのV12 DOHCエンジンが搭載されていた。

当時はまだミッドシップはレースカーに採用される特殊なレイアウト。大排気量の市販ミッドシップ車はフォードGT40 マーク3くらいしか前例がなく、しかもル・マン24時間レースのホモロゲ用として製作された市販レーシングカーであった。ゆえに量産を前提にした大排気量ミッドシップは「TP400」が世界初と言えるものだったのだ。市販への期待はまさに爆発的に高まったという。

翌1966年、その期待に応える形でジュネーブショーに出品されたのが「ミウラ」だ。ジャンパオロ・ダラーラとパオロ・スタンツァーニが開発したシャシに、マルチェロ・ガンディーニが架装した優雅なボディ、リアミッドに横置き搭載された3929ccのV12 DOHCエンジンに世界が息を飲んだ。欧州の富裕層を中心に、まだプロトタイプであるにも関わらず、会場では100台を超すオーダーがあったという。もっとも、市販までにはさらなる時間を要した。

待望の市販モデルが発売されたのは1967年。「P400」と名付けられたランボルギーニ ミウラがついに公道を走り始めた。搭載エンジンは3929ccの60度V12 DOHC。エンジンブロックとトランスミッションケースを一体鋳造したユニークな二階建て構造で、エンジンとトランスミッションを同じオイルで潤滑していた。公称最高速は300km/hである。スーパーカー誕生の瞬間だ。

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最終更新:8/9(金) 12:03
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