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自閉症の息子が学校から「消えた」あの日のこと─そのとき、私の心臓は止まった

8/10(土) 10:30配信

クーリエ・ジャポン

「息子さんが休み時間の間にいなくなりました」と連絡を受けた母親は、学校へ駆けつけるまでに何を思ったのか。最悪の事態を覚悟すると同時に、7年前に自閉症と診断されてからの日々が走馬灯のように浮かんできた。
金曜日の午後1時34分ちょうど。息子の学校からかかってきた電話に、私の心臓は止まった。

「グリーンさん、息子さんが行方不明なんです。休み時間の間に、校庭から外に出てしまったようで……。いま学校の者が捜していますが、警察にはすでに連絡してあります」

私は「すぐに向かいます」と言って電話を切り、車の鍵を握った。胃がすっぽり抜け落ちてしまったかのような気がした。体の感覚がまったくなかった。ガレージからどうやって車を出し、5km先の学校まで車を飛ばしたのか、記憶がない。

運転している間も感覚がなかったことが、当時の心境をよく物語っている。ハンドル操作、信号確認、ブレーキ、車線変更……。どれも自分でやったのに、記憶になかった。

学校へ向かうまでの間、頭の中は一つのイメージでいっぱいだった。大きな青いボールを抱えた息子が、車が激しく行き交う道を横断しようとしている姿。今日は金曜日だから持って行くと言って聞かなかった、あの大きな青いボールを持ったまま……。

不幸ではない。ただ少し複雑なのだ

アディダスのジャージを履いた生意気盛りの10歳の息子は、自閉症である。道を渡る前に左右を確認するのを、あの子はおそらく忘れるだろう。何千回と言い聞かせたにもかかわらず、あの子は知らない人に声をかけてしまうだろう。そして、その人たちに話すべきではないことをたくさんしゃべり、話すべきことは話し忘れるのだろう。

彼はどんなことを言われても本当だと信じてしまう。傷つきやすい私のかわいい子。見た目は同じくらいの歳の子とそう変わらない。でも中身はまったく違う。その違いは恵まれているとはいえないが、かといって不幸なわけでもない。ただ、少し複雑なのだ。
自閉症の子供を持つと、その子を遠くから見守るのは難しい。子供がより多くのサポートを必要とすることに慣れてしまう。子供が私を頼りにし、私に依存しているのが普通だと思ってしまう。いつ、そしてどのように、子離れしたらいいかが分かりにくい。

もちろん、息子には自分の人生を生きてほしい。できる限り自立してほしい。何ごともそつなくこなし、自分のしたことに誇りを持てる大人になってほしい。

彼がどんなことを成し遂げるのか、まだ想像もつかないけれど、もしかしたら、それは大学に行くことかもしれない。あるいは、近所のスーパーに牛乳を買いに行くことかもしれない。

親は誰しも、子供がどう育つのか、子供の将来がどうなるのか分からない。でも私には分かっている。私にとっては子離れが一番難しいと同時に、それは私が一番しなければいけないことなのだ。

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最終更新:8/10(土) 10:53
クーリエ・ジャポン

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