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『平家』は『FEIQE』。ローマから文字が伝わって、英語と日本語の「歴史は韻を踏む」

8/10(土) 13:01配信

サライ.jp

文/晏生莉衣
ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

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「英語とローマ字の違いってなに?」 そんな疑問を持つ方々が少なくないことから、前回のレッスンでは、英語とローマ字の発祥をたどって考えました。続いて今回は、偉大なるローマ字が、いかにして日本に取り入れられていったのか、日本との歴史を追ってみたいと思います。

英語にローマ字が導入されたのは、6世紀末のキリスト教伝道によるということは前回触れました。結論から先に言えば、そのローマ字がはるか遠くの日本に伝えられたのも、やはり、キリスト教の伝道によるものです。とはいっても、日本への伝来はおよそ1000年の時を経た、16世紀の出来事です。

それは今からちょうど470年前。現代ならお盆休み真っ最中の8月15日、日本に初めてキリスト教を伝えたカトリック宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したことが発端です。ザビエル来日は、日本人なら誰でも教わったはずのおなじみの史実ですが、それ以前については省略されることも多いので、ちょっとおさらいしましょう。ローマで誕生したばかりのイエズス会の一員として活動していたザビエルは、当時、勢力をふるっていたポルトガルの王の依頼を聞いたローマ教皇の祝福を受けて、アジア伝道に派遣されました。そして、インド各地やマラッカ、インドネシアなどを6年かけて布教で回るうちに日本について聞き及び、ローマを出発した時には存在すら知らなかったその島国への布教を決意して、さらに海を渡ったのです。

時は室町時代末期、ザビエル渡来と前後して南蛮貿易が始まっており、ポルトガル商人が話すポルトガル語は、日本に最初に伝えられたヨーロッパの言語だと言われています。ザビエルはスペインに併合されたバスク地方の生まれで、バスク語、スペイン語以外にもフランス語が堪能で、進学したパリ大学ではラテン語、ギリシア語、ヘブライ語を学び、さらに、活動の地で使われていたイタリア語とポルトガル語も話すことができたと想像されます。ザビエルはこのように大変なマルチリンガルな人だったのですが、そうした語学力も、やってきたオリエンタルの異国では役に立たず、大変苦労し、布教のためには日本語を学ぶ必要があると、さらなる向上心に燃えて考えました。

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最終更新:8/10(土) 13:01
サライ.jp

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