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「人がどんどん死ぬ」 アメリカ社会の裏面を描き続けた鬼才デニス・ジョンソンが死の直前に脱稿した短編集

8/11(日) 8:00配信

Book Bang

 どこにでもいそうでいなさそうな誰かの人生の捉え方が、何とも不思議で、一篇ごと凝った造りなのに切実。人がどんどん死ぬこの短篇集は、作者が死の直前に脱稿したものだ。

 表題作では、広告代理店勤めの初老の男が、死につつある最初の妻と電話で話す場面が印象に残る。突然、彼女が二番目の妻に思える。混乱したまま、最後かもしれない通話を切る。自分に似た体験がなくても、心当たりがあるようでヒヤリとする。言葉にしづらい記憶や感覚の不安定な揺らぎが、どの短篇でもなまなましく書かれている。

「首絞めボブ」における刑務所のクリスマスパーティー。差し入れの雑誌のページにクスリが染みこませてある。みんなで「空っぽの腹にその紙を放り込んで、旅立ちのときを」待つ、という情けなさ、愉快さ。妙な平穏を保った共同体がここにはあり、出所後の主人公のヘロイン中毒による転落ぶりの救いのなさには、背すじが凍る。「アイダホのスターライト」の、娘と孫二人が死んだと聞いた直後に、盗みに遭ったことを知る善きキリスト教徒の女。報われなさを描いても作者の筆致はあっけらかんとしており、やるせなくも笑ってしまう。

「ドッペルゲンガー、ポルターガイスト」には、詩人である大学教授と、エルヴィス・プレスリーを巡る強迫観念に憑かれた教え子が出てくる。陸軍から復帰した後の「堕落して退屈な」エルヴィス(甘い物の食べすぎで体型のたるんだ)は、かつての彼ではなかった。生まれたときに死んだ双子の兄弟が実は生きていて、なり代わっていた、というぶっ飛んだ説だ。

 教え子は、早世した兄の影響や、どの人の日常にもありうる些細な勘違いや思い込みの積み重ねでこうなった。教授が、この国最高、と才能を認めた、詩を書くことより、怪しげな説を実証するのに熱中し全てを投げ打つ。巨額の金を費やす。

 終わり近く、教授はニューヨークで同時多発テロに巻き込まれる。ここでは、登場人物は誰も死なない。ただ、それがきっかけで、教え子と昼食を取る約束は消え、しばらく遠ざかる。教え子はたったひとりで究極の行動に走ることになる。

 アメリカという国のもろさ。「国会議事堂が攻撃されてる! ─ペンタゴンも! ─ホワイトハウスも!」夥しい命を一瞬で奪うテロも、じつは、どこにでもいそうな人たちが、ちいさな狂いの集大成で引き起こすのにちがいないことを、肌で実感する短篇集でもある。

 テロのあと、教え子と再会した教授は、彼に魅入られるあまり、自分たちは「惑星それ自体と星々の影響により、兄弟と名指されている」と感じる。ふたりの孤独が響きあうさまには、人間ってわるくない、と思わされる。

 教え子のように「死後の世界、亡霊、天国、永遠」といったものは本当にあると考えていたら、自らの死は、穏やかに受け入れられるものだろうか。教授は、そこまでは信じられずにいる。死の床にいた作者の茶目っ気が伝わる。

[レビュアー]木村紅美(作家)
1976年兵庫県生まれ。親の転勤に伴い、福岡県、千葉県などに住む。小学校六年生から宮城県仙台市で育ち、現在の実家は岩手県盛岡市。明治学院大学文学部芸術学科卒。書店アルバイト、会社員を経て、2006年「風化する女」で第102回文學界新人賞を受賞しデビュー。2008年「月食の日」が第139回芥川賞候補に。日常を細やかに描く目線と登場人物の心に寄り添う文章で人気を集める。2013年『夜の隅のアトリエ』で第35回野間文芸新人賞候補となる。その他の著書に『見知らぬ人へ、おめでとう』『黒うさぎたちのソウル』『春待ち海岸カルナヴァル』『まっぷたつの先生』などがある。

河出書房新社 文藝 2019年秋季号 掲載

河出書房新社

最終更新:8/11(日) 8:00
Book Bang

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