ここから本文です

ゲルギエフ指揮PMFオーケストラのショスタコーヴィチ「交響曲第4番」を聴いて

8/12(月) 8:10配信

otocoto

この夏は、何度か札幌に通って、今年第30回を迎えたPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌)を取材する機会があった。ここでは、音楽祭の最後に登場したワレリー・ゲルギエフの指揮とPMFオーケストラによる、ショスタコーヴィチ「交響曲第4番」について書いてみたい。

いまのクラシック音楽界において、ロシアの指揮者ワレリー・ゲルギエフ(1953-)は、最も大きな影響力をもつ一人であり、その存在自体がまるで台風のような人である。
1988年に35歳で芸術監督に就任したサンクトペテルブルクの マリインスキー劇場(当時の名称はキーロフ劇場)を飛躍的に発展させ、ローカルではなくインターナショナルなトップクラスの歌劇場へと育て上げた手腕は、奇跡的といっても過言ではない。

ゲルギエフの活動の特徴を端的に言うなら、巨視的・俯瞰的な把握力の強さである。
オペラとバレエとシンフォニーの3つのジャンルをバランスよく支配しうる指揮者は、ゲルギエフをおいてほかにはいない。マリインスキー劇場では、プリンシパル・ダンサーの個人的な悩み事にまできちんと耳を傾けるし、下積み中の歌手でも光る存在があれば、当日のキャスト変更をしてでも大抜擢するから、若手はみんな目の色が違う。

ゲルギエフに休みなどというものが、果たしてあるのだろうか?
そもそも指揮者という人種はいつも忙しいものだが、それにしても世界を股に掛けたゲルギエフの超ハード・スケジュールぶりは常軌を逸している。
開場時間が過ぎても観客はロビーに待機させられ、開演直前ぎりぎりまでリハーサルが続き、オーケストラは10分で着替えてすぐに本番スタート、なんていうのはゲルギエフの場合当たり前に起こりうる。

ゲルギエフの超過密なスケジュールには、周囲はいつも泣かされっぱなしである。
私なども、東京でのリハーサルの合間に取材の約束があったにもかかわらず、丸一日待たされた挙句、結局インタヴューはコンサートの休憩時間でのたったの7分ということもあった。
それでもまだいいほうで、ニューヨークまで出かけて行ってもたった3分しか時間がもらえなかったチームもあったという。

だが、不思議と腹は立たない。さんざん待たせながらも、細やかに約束は覚えていてくれるし、いったん会ってしまえば、ゲルギエフは濃密な時間を約束してくれるからだ。

PMFも同様で、音楽祭も終わり近くの7月30日の夕方近くになってようやくゲルギエフは札幌に姿を現わした。翌日は本番である。
もう少し長く札幌にいて欲しいというのがPMFとしての本音だろうが、いったん始まってしまえば、確かにゲルギエフのマジックは、オーケストラをあっという間に変えてしまうらしい。
その噂を確かめたくて、私は少し前からリハーサル会場に待機していた。
毎年メンバーがすっかり入れ替わる優秀な若者たちの集団であるPMFオーケストラと、ゲルギエフとの初対面はいったいどうなのか?

1/3ページ

最終更新:8/12(月) 8:10
otocoto

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事