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グロテスクな出来事ばかり起こるのに後味は爽やかな文庫3選

8/12(月) 11:00配信

Book Bang

 究極の選択という言葉が使われるのは、いずれも選びたくないときだ。平山夢明『デブを捨てに』は、語り手のジョーが〈うでとでぶどっちがいい〉と訊かれるところから始まる。借金を返済できないジョーは、腕を折られるか、〈デブ〉と呼ばれる女を捨てにいくかの二択を迫られるのだ。骨折の激痛と引き換えになるくらいだから、ひどい仕事なのだろうと想像はつくが、ジョーは〈デブ〉をアルファロメオのスパイダーに乗せて北へ向かう。

 取り立て屋らしき男たちに拷問されても全く抗えないジョーと、自力では車を降りることすらままならない〈デブ〉。どこにも居場所がないふたりのやりとりがいい。例えば途中で便所に行った〈デブ〉が泣きそうな顔をして戻ってくるくだり。〈どうしよう。割っちゃった〉と何かを心配する〈デブ〉に、ジョーは〈割った? 人間をか〉と尋ねるのだ。ふつう人間は割らない。いったいこれまでどんな人生を歩んできたんだと薄ら寒さを感じると同時に、奇妙なおかしみをおぼえる。彼らがピンチを切り抜ける方法にも笑ってしまう。吐瀉物にまみれ、素寒貧になり、悲惨すぎて清々しくさえある旅の終着点はとんでもなく美しい。

 キャラメルを万引きして殴られた一文無しの男が不思議な親子に出会う「いんちき小僧」など、他の収録作も主人公は追い詰められた無力な人たちで、グロテスクな出来事ばかり起こるのに後味は爽やか。それは現実の醜さを冷徹に観察しなければ見えない愛が描かれているからだろう。

 吉村萬壱の『臣女(おみおんな)』(徳間文庫)も異形の愛の物語だ。高校の非常勤講師を務めながら小説を書いている「私」と、夫の浮気を知ってから身体が巨大化した妻の生活を描く。大量に食べて大量に排泄する妻を介護する場面は凄絶でありつつ切ない。あわせておすすめしたいのが藤野可織の『ファイナルガール』(角川文庫)。主人公がホラー映画の名作に登場しそうな殺人鬼と生涯を懸けて戦い続ける表題作をはじめ、突き抜けて残酷だけれどユーモラスな世界が癖になる。

[レビュアー]石井千湖(書評家)

新潮社 週刊新潮 2019年8月8日号 掲載

新潮社

最終更新:8/12(月) 11:00
Book Bang

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