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「普通の人でいたかったです」須田幸太はベイスターズに殉じた。【2019年上半期 野球部門2位】

8/13(火) 19:31配信

Number Web

2019年上半期、NumberWebで人気を集めたベスト記事セレクションを発表します。
野球部門の第2位はこちら! (初公開日:2019年2月8日)

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 DeNAファン以外の人にとっては特別な選手ではなかったかもしれない……。昨秋、ひとりのピッチャーが横浜スタジアムから去った。“大魔神”でもなく、“番長”でもなかったが、チームとして大事な時期に活躍し、DeNAファンの記憶には必ず残っている投手でもあった。
 須田幸太、33歳――今夏の都市対抗野球で大活躍してチームを優勝に導き、最優秀選手賞である橋戸賞も受賞した。この記事は、忘れがたき“普通の人”の去り際の物語である。

 その人の顔がたびたび思い返されたのは、彼がさよならを言わずに去ってしまったせいだろうか。

 2018年10月3日、横浜DeNAベイスターズは、9人の選手に戦力外通告を行ったと発表した。プレスリリースに並んだ名前の先頭に、その人――須田幸太の名前はあった。

 11月13日に開催された12球団合同トライアウトに参加した須田を、獲得しようという球団は現れなかった。去就が明らかになるのはさらに1カ月後。須田自身が催したファンとの交流イベントで、プロ入り前に所属していた社会人チーム、JFE東日本に復帰することが本人の口から語られた。

 毎年、プロ野球の世界から離れる選手たちは数多い。8年間で16勝19敗37ホールド1セーブの記録を残した須田は、少なくとも数字の上ではスペシャルな存在ではない。だから彼のその後の人生がさほど大きな話題にならなかったとしても、それは当然のことなのかもしれなかった。

 ただ、筆者の心には釈然としない思いが募っていた。いくつかの「なぜ?」が、答えを得られぬまま宙に浮いていた。

 疑問の根底には、2016年の姿がある。

 この年の須田は、マウンドの上で跳ね、打者を圧する直球を投げた。やがて中継ぎの柱となり、勝ちパターンの一角を担った。チーム最多の62試合に登板して、プロ入り6年目にしてついに覚醒の時を迎えた感があった。

 だが2017年・2018年の須田は、ありていに言えば、よくなかった。両年の防御率は8.10(23試合)、7.59(10試合)だった。

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最終更新:8/13(火) 19:46
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