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10万匹を根絶へ、人間が持ち込んだビーバーにまつわる悲劇、南米

8/14(水) 9:10配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 9年前に22口径のライフルでビーバーを撃つようになるまで、ミゲル・ガジャルド氏は銃を所持したことも、動物を殺したこともなかった。南米チリの森林局員として10年にわたり動植物を守る仕事をしてきた氏は、2010年になって、チリの南端、ティエラ・デル・フエゴ諸島のなかのナバリノ島に派遣された。

ギャラリー:「幽霊の森」ほか、人間が持ち込んだビーバーの悲劇 写真17点

 新たな担当地域を見て回ったガジャルド氏は、強い衝撃を受けた。かつて豊かな森が広がっていた場所が、倒木に覆われていたのだ。「すべてが真っ白でした。死んでいるからです。まるで幽霊の森のように見えました」と彼は言う。

 森を破壊したのはビーバーだ。彼らは葉を食べるために木を倒し、その枝を使ってダムを作る。ビーバーのダムは川の流れを変え、氾濫も引き起こす。

 なんとかしなければと考えたガジャルド氏は、許可を得て銃を購入し、できる限り多くのビーバーを狩ることにした。2015年には森林局の仕事をやめて「ナバリノ・ビーバー」という旅行会社を設立、幽霊の森をトレッキングしたり、ビーバーを狩ったり、脂身の少ないビーバーの肉を使った料理を味わったりすることができるツアーの提供を始めた。

 こうした彼の選択を、意外に感じる人もいるだろう。しかし、南米で自然保護に携わる多くの人たちと同様に、ガジャルド氏もまた、パタゴニア地域の森が生き残れるかどうかは、ビーバーの駆逐にかかっていると考えるようになっていた。

カナダからのビーバーの導入

 ビーバーは、経済的にも生態系的にもパタゴニアを「豊か」にしてくれるはずだった。アルゼンチンの軍部が、カナダのマニトバ州からアルゼンチン最南端のティエラ・デル・フエゴ諸島に20匹のビーバーを持ち込んだのは1946年。ビーバーを放つことで毛皮産業が興れば、人口の少ないこのエリアにも住人が増えるだろうと考えたのだ。

 しかし、実際には毛皮産業が興ることはなかった。一方で、ビーバーの数は爆発的に増加した。

 クマやオオカミのいる北米とは対象的に、ティエラ・デル・フエゴには、ビーバーを狙う天敵がほとんどいない。安心して暮らせる広い森と草原があるおかげで、ビーバーはまたたく間に一帯に広がり、その数を増やした。

 ティエラ・デル・フエゴの島々はアルゼンチンとチリが領有している。1960年代になると、ビーバーはチリ領内にも進出した。「ビーバーにとって、国境は関係ありません。国境の柵も食べてしまいます」と語るのは、環境保全を支援する国際組織「地球環境ファシリティ(Global Environment Facility、GEF)」のビーバー・プロジェクトに携わるフェリペ・グエラ・ディアス氏だ。1990年代初頭には、チリ本土のブランズウィック半島でもビーバーが目撃されるようになった。つまりビーバーは、マゼラン海峡の荒波を渡りきったわけだ。

 ビーバーがやってくれば、その後には幽霊の森が残される。北米の木々は何百万年という時をかけて、ビーバーにかじられても生き延びられるよう進化したと、環境ジャーナリストのベン・ゴールドファーブ氏は言う。「ヤナギ、ハコヤナギ、アメリカブナ、ハンノキといった北米の木々はどれも、ビーバーにかじられたり、一帯が冠水したりしても対応できるよう進化してきました。こうした木は切り倒されても再び発芽し、身を守るための化学物質を生成し、湿った土壌にも耐えることができます」。しかしながら、ビーバーは南米の動物ではないため、南米大陸の木々はこうした防御手段を持たない。

 アルゼンチンとチリの政府がビーバー問題の深刻さを認識しはじめたのは、1990年代のことだ。当時、両国は娯楽向けおよび商業向けにビーバー狩りを奨励していたが、毛皮の価格が安かったことから、この目論見はなかなか軌道には乗らなかった。1998年、アルゼンチンの新聞『ラ・ナシオン』は、ビーバー・ハンターのフアン・ハリントン氏によるこんな言葉を掲載している。「ビーバーはとても美しい一方で、とても破壊的な動物です。そして、その数を抑制するには、狩るしかありません。しかしビーバーの毛皮はせいぜい20ドル程度にしかならないため、だれも真剣に取り組もうとしないのです」

 その頃からほとんど何の対策も取られないまま、ティエラ・デル・フエゴを含むパタゴニア地域のビーバーの数は7万~11万匹まで増加した。ビーバーが住み着いた土地の広さは、少なくとも約700万ヘクタールに及び、3万1000ヘクタールの泥炭湿地、森林、草原の環境が破壊された。

 米ノーステキサス大学の研究者たちがナバリノ島を調査した際、ビーバーの影響で環境が変化した土地には、ビーバーの他にも2種の侵入種が暮らしていることが明らかになった。マスクラット(ネズミの仲間)とミンクだ。マスクラットは、ビーバーのダムによってできた流れのない池を好んで集まり、そこでミンクの餌食となる。ミンクはこの他、在来種のガン、カモ、小型の齧歯類などを捕食する。研究者らはこれについて、ある侵入種が引き起す悪影響が、別の侵入種によって悪化する「侵入種による崩壊のプロセス」が起こっている可能性があるとの仮説を立てている。

 ビーバーはまたインフラにも被害を与え、高速道路や排水溝を水で溢れさせ、農地を破壊する。ヒツジを閉じ込める柵がビーバーにかじられることもしょっちゅうだ。2017年には、ビーバーが光ファイバーケーブルをかじったことで、ティエラ・デル・フエゴ地域最大の都市のインターネットと携帯電話サービスがダウンした。最近行われた研究によると、ビーバーによる損害は、アルゼンチンだけで年間6600万ドル(約70億円)にのぼるという。

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