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橋下徹「表現の不自由展が失敗した本当の理由」

8/14(水) 11:15配信

プレジデントオンライン

愛知県知事が実行委員長を務める大規模な現代アート展の一部、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた件で、批判派・擁護派の議論が過熱している。言論の自由・芸術の自由とその制限はどうあるべきか。大阪市長時代にヘイトスピーチ規制条例を制定した橋下徹氏が見解を述べる。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(8月13日配信)から抜粋記事をお届けします。

■何が「ヘイト」か?  事前に判別するのは難しい

 あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」に関する今回の騒動は、芸術の自由、表現の自由とその限界を考えるには絶好の教材だ。

 (略)

 これに類することとしてよく問題になるのが、役所が設置するホール等において政治集会を禁じることの是非である。特に、憲法9条改正反対などの集会が禁止されて、表現の自由の侵害だ!  と問題になることが多い。

 大阪市が設置する区民ホールは政治集会を禁じていなかった。基本的にはどんな政治集会でもOKである。後述するように、大阪市では全国初のヘイトスピーチ規制条例を制定したが、その過程における徹底した議論を基に、たとえヘイトスピーチの集会である疑いがあっても、事前に区民ホールの利用を禁止するわけにはいかないという結論に至った。

 この点、朝日新聞的インテリたちからは、「ヘイトの集会なんだから、そんなの事前に利用禁止にしろ! 」という声が上がった。

■ヘイトかどうかを誰がどのような基準で判断するのか? 

 しかし、彼ら彼女らは、表現「内容」による判断が難しいことを知らない。そして「内容」による判断を許してしまうと、今度は自分たちの表現行為も事前規制される恐れが高まることに頭が及ばない。

 その表現行為がヘイトかどうかを誰がどのような基準で判断しろというのか。評論するだけの人は、「ヘイトは事前に禁じろ」と簡単に言うが、それを実際にやろうとすれば困難極まりないのである。

 基準が不明確なまま事前に禁じることを認めれば、何も問題ない表現まで禁じられる危険性が出てくる。そして場合によっては「ヘイト」という概念を巧みに使って、時の政治権力が、自分たちに都合の悪い表現行為を「ヘイト」として禁じてしまう恐れも出てくる。

 ゆえに大阪市のヘイトスピーチ規制条例は、「内容」による事前判断はできないとして、たとえヘイトの疑いがあろうとも、事前に区民ホール利用などを禁じることはしないという結論に至った。表現の自由を尊重したのである。その代わり、ヘイトの表現行為であれば審議会の審査によって事後的にヘイト認定し、公表することにしたのである。事前に規制するのではなく、事後の対応である。もちろん、場合によっては刑法犯として処罰される場合があるし、民事上の賠償責任を負わされる場合もあるが、これらも裁判所によって事後的にヘイト認定された場合であり、時の政治権力が事前に規制するのとは異なる。

 表現行為の是非を「内容」によって判断することには、慎重でなければならないのである。常日頃、表現の自由を声高に叫ぶ者に限って、ヘイトは事前に規制しろ!  と叫ぶが、表現内容による事前規制の恐ろしさを分かっていない。

 したがって、政治的要素を含む表現行為については、判断権者の裁量でどうにでもなるという事態を防ぐために、「内容」によって個別にその是非を判断するのではなく、「認めるなら全て認める。禁じるなら全て禁じる」というように、「画一的・機械的に」アウト・セーフのラインを設定することがポイントとなる。

 (略)

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最終更新:8/14(水) 11:25
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