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令和初の8月15日、天皇陛下は「おことば」でいったい何を語るのか

8/14(水) 8:01配信

現代ビジネス

国民と天皇との間にできた、ある回路

 「平成の精神とはなにか」、自分に問うてみる。

 そもそも平成に時代精神はあるのだろうか。「ある」し、「これからもある」という強い声が私の体を突き抜ける。そして、「いや、なければならないのだ」との声が、私のなかにこだましている。

【写真】新天皇が35年前のロンドン留学で私に見せた「意外な素顔」

 その声にみちびかれて、いま私は筆を進めている。

 平成三十一年四月三十日、私はテレビ局のスタジオにいた。文筆を生業としているがゆえに、基本的にテレビには出ないことにしている。出るとしても、これまでは年に三回まで、最低でも三十分は自分の意見を語れるのが条件だと決めていた。それ以上はテレビとは関係をもたない、もちたくない。

 「しかし今年も三回の出演になる、もう出ることもないだろうな」

 そんなことをぼんやり考えてカメラの前に座っていた。不意に私を突き動かしたのは、譲位に当たっての「おことば」を述べる平成の天皇(明仁)の姿であった。

 映像の明仁天皇は、自分は天皇として国民と「信頼と敬愛」の関係にあると見ていることを明かした。その上で国民は自分のことを、「〝象徴としての個人”だと見てくれている」と実感していると匂わせていた。文字数にして二百字ほどのうちに、天皇の数多の思いが含まれていることがわかった。

 私が突き動かされたのは、「ここに国民と天皇との間に、ある回路ができあがった」と理解できたからである。もっとわかりやすく言うならば、みずからの「卒業式」において平成の天皇が「国民との間に絆を作り得た」と実感していることがわかったからなのだ。

なぜ、いま昭和天皇を語らなければならないのか

 この回路を卒業式の答辞、あるいは出口の論とするならば、入学式の心構え、あるいは入口の論は、平成元年の一月九日に発表された「おことば」のなかにある。このときの「おことば」は三百字余であったのだが、そこには「日本国憲法を守り、これに従って」、私は責務を果たすとの一節があった。「日本国憲法に従って」という表現があるにもかかわらず、あえて「守り、これに」という六文字を加えることで、天皇はみずからの立場を鮮明にしている。その立場は、敗戦を十一歳で迎えた体験に端を発している。

 つまり平成の天皇は入口と出口の論理を明確にすることで、三十年の在位期間がどのような意味をもっているのかの総括を、国民に示したと言えるように思う。昨年十二月の、誕生日を前にしての記者会見では、「平成が戦争のない時代」として終わることに心から安堵すると述べられた。これも平成という時代空間を思うときの出口の論と言えるのではないかと受けとめていい。

 しかし一方で、テレビ局のスタジオで明仁天皇のおことばをVTRで見ながら、どういうわけか私はたしかにこう実感したのだ。

 「ああ、平成の時代精神が、このまま消えていくのかもしれない……」

 翌日の令和元年五月一日。やはり私はテレビカメラの前に座っていた。

 キャスターに問われるままに、なにか答えなければと「そうですねえ」と言った私の口をついて出てきたのは「昭和天皇を思い起こすこと」との言だった。

 自分でも驚いた。令和元年と言うならば、これからの時代を主人公として語るべきであり、平成も昭和も、大正、明治も副主人公であるはずだ。副主人公を論じるのは筋違い、語るにしてもせいぜいが受け継ぐべき時代としての平成ではないか。なのにどうしてと私は思った。なぜ、いま昭和天皇を語らなければならないのか……。

 番組の進行とは別に、私は平成の精神、昭和の精神、大正、明治の精神と心のうちでつぶやきつつ、元号が表象する精神の原型を考え続けていた。

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最終更新:8/14(水) 8:01
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