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70歳で人生が一変した料理研究家が達した悟り

8/14(水) 16:00配信

東洋経済オンライン

『人生は、棚からぼたもち!  86歳・料理研究家の老後を楽しく味わう30のコツ』(小林まさる著、東洋経済新報社)の著者が、息子の妻である料理研究家・小林まさみの調理アシスタントとしてテレビに出ている姿を見たことがある人は少なくないだろう。

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 70歳のとき、ひょんなことからアシスタントを務めることになり、自身も料理研究家に。そして86歳となる現在も活躍中だというと、いかにも順風満帆であるかのようにも見える。が、実際にはそれどころか波乱万丈の人生を送ってきたようだ。

■戦争、ドイツ赴任、2度のシングルファーザー生活…

子どもたちのお母ちゃん、つまり俺の奥さんが亡くなったのは、俺が57歳のとき。定年まであと3年、という時期だった。
俺は高校を出てから北海道の炭鉱で働いて、それから30代後半で関東に出て、鉄鋼会社で働いていた。何十年も掛けてきた年金もそのうち入ってくる。お金の心配はいらないだろう、そう思っていた矢先のことだった。(「はじめに」より)
 1933(昭和8)年、当時は日本の統治領だった樺太で生まれ、13歳のときに終戦を迎える。北海道に引き揚げてからは炭鉱に就職し、「本当に貴重だった」と振り返る3年間のドイツ赴任を経て30代で結婚。娘と息子に恵まれるも、性格の不一致から離婚してシングルファーザーとなる。

 以後は男手ひとつで仕事、子どもの食事、洗濯、弁当作りなどをこなすが、さまざまな事情から生活が立ちゆかなくなり、妻とよりを戻すことに。ところがしばらくすると妻が病気で亡くなってしまったため、再びシングルファーザーになったのだという。

 この時点ですでに、文字どおりの「山あり谷あり」である。しかし娘が結婚して家を出て、そののち息子も妻をもらうと、生活が一変することになった。先に触れたとおり、「息子の妻のアシスタント」として名をはせていくのである。

 きっかけは、料理研究家として認められるようになった小林まさみが、自分の料理の本を出すことになったときのことだった。料理撮影のアシスタントが足りないというので、「そんなの、俺がやってやるよ」と手を挙げたのだ。

家の食事や家事はほとんど俺がやっていたからね。しかも息子が結婚するまでは、息子の料理もつくっていたから、調理の手伝いなんてなんでもなかった。ごく自然の成り行きだった。(中略)我ながら、いい働きをしたと思う。そして、なんだかんだと、うまくいった。

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最終更新:8/14(水) 16:00
東洋経済オンライン

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