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「天才を潰し秀才を重用した」日本型組織の末路

8/15(木) 5:20配信

東洋経済オンライン

満洲事変を計画実行した軍人・石原莞爾と、陸軍大臣から首相に進み、日米開戦を決断した東條英機。天才肌である石原よりも、とくに大きな功績もなかった東條英機が、大日本帝国で優遇された理由とは?  先日、『「戦争と平和」の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』を上梓した作家の茂木誠氏が、歴史をもとに「日本型組織が抱える病理」を明かします。

 太古の昔――森を出た人類は、大型の肉食獣が闊歩する危険なサバンナでの狩猟生活を始めました。五感を研ぎ澄ませて獲物が残したフン、足跡などのかすかな痕跡を追いつつ、茂みの向こうにいるかもしれない外敵の気配を察し、機敏に行動できなければ命の危機にさらされます。

 大きな群れでは移動が困難ですから、つねに数人から数十人単位で移動し、権力や定まった上下関係はなく、個々人が自己責任で行動する社会。このような生活を数十万年続けるうちに、「情報分析能力」「決断力」「行動力」に優れた個体だけが生き残り、人類はついに肉食獣を制して自然界の頂点に立つことになったのです。

■農耕社会が作った「タテ社会」

 ところが小麦や米といった穀物生産が始まると、人類の社会は一変しました。川の近くに定住し、数百人から数千人単位で暮らすようになり、統率者のもとで役割分担が定まっていきます。農業生産は毎年やるべきことがほぼ決まっており、そのルーティンを墨守することが求められます。

 共同体内部での分業も進んでいき、上下関係も固定されます。それぞれの職分を守って、ほかの仕事には口を出さないという「タテ社会」が形成されていったのです。

 種まきや収穫をいつ始めるか、という「決断力」を問われるのは、統率者(首長)とその側近たち――彼らは異能者として「神官」とも呼ばれました――であり、共同体に属する大多数の者たちは、下された「決断」に従い、任務を粛々と遂行することだけが求められるようになったのです。

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最終更新:8/15(木) 12:53
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