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甲子園にも“コールドゲーム”がある。井端弘和が「負けた」相手は……。

8/15(木) 7:01配信

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 101回目の夏は、甲子園常連校の八戸学院光星(青森)と激戦区・愛知を勝ち上がり、直前に行われた開会式で選手宣誓を務めた初出場の誉の対戦で始まった。

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 その始球式を任されたのが井端弘和氏。元中日、巨人で活躍し、長らく巨人のコーチも務めた。現在は侍ジャパンの内野守備・走塁コーチであり、強化本部の戦略担当も兼務している。

 来年の東京五輪への機運をさらに高めることが、日本高野連が依頼した理由のひとつだが、井端氏は「野球の神様がくれたプレゼント」だと快諾してマウンドへ上がった。

 登板が決まってから「みっともない姿は見せられない。キャッチャーミットめがけ、必ずストライクを投げます」とキャッチボールを重ねていたというだけあって、セットポジションから投じた1球は、見事に左打者の内角低めに決まり、今夏の甲子園は始まった。

「滝のような雨」で中断。

 現役時代に何度もプレーした甲子園ではあるが、井端氏は球児としても甲子園に出場している。当時は西東京に属していた堀越高は、1993年の第75回大会に出場。開幕日の第3試合に行われた西条農(広島)との1回戦は、1-0で逃げ切った。現時点で堀越高の甲子園での勝利は、これが最後である。

 続く2回戦の対戦相手は鹿児島商工。実力校同士の激突とはいえ、まさか大会史に残る試合になろうとは、誰も思わなかったに違いない。

 結論から書くと、鹿児島商工が3-0で堀越高を下した。どうということのないスコアだが、問題は8回表無死一塁。鹿児島商工の攻撃中をもって、試合が打ち切られたからだ。今でも動画サイトで見ることができるが、いわゆる「滝のような雨」。審判団が続行不可能と判断したことはうなずける。

 成立条件である7回は終えており、降雨コールドゲーム。甲子園にも実は「コールド」はある。第70回大会の滝川二(兵庫)対高田(岩手)以来5年ぶりだったが、戦後2試合しかない。極めて珍しい形で、井端氏の高校野球は幕を閉じた。

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最終更新:8/15(木) 8:31
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