ここから本文です

司馬遼太郎と最強ヤクザ「殺しの柳川」の知られざる交遊

8/16(金) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 さっそく、新宿の京王プラザホテルで午後6時に待ち合わせすることになった。だが、待てども司馬は現れない。時間に厳しい柳川は、約束の1時間前には到着する。そして相手が10分でも遅れるようなら怒りだすところがあった。

 約束から30分ほど経たあたりだろうか。司馬と、紹介者の在日文化人が悠然と歩いてくる姿がみえた。どうも待ち合わせの場所を勘違いしていたらしい。元側近は、「それを知った会長は私に向かって『お前の手違いやろう』とカンカンになって怒り出したんです。それを見て司馬さんも『そんなことで怒るな』いうて怒りだして。もう無茶苦茶でしたよ」。

 とにかく泉岳寺のコリアンハウスで夕食をしようということになって、タクシーで向かった。助手席に柳川が乗って後部座席に残る3人がぎゅうぎゅう詰めで座った。そうこうするうちに、車内に不思議な笑いが起き始めた。

「どちらからともなく、『あんたも大概短気やな』と言い出した。大の大人がこんなことで言い争いしててもしょうもないということにやっと気付いたんでしょう。それからは急に意気投合したんですわ。泉岳寺につくなり司馬さんらの話を聞いて、会長は『分かった』と頷いてましたわ」

 すぐに柳川の根回しでビザが下り、司馬は、在日文化人とともに取材旅行に向かうことができた。在日が多く住む東大阪に居を構えた司馬には、在日の友人が多い。大阪には「4・3事件」(1948年4月に済州島で起こった民衆蜂起と、その武力鎮圧にいたる一連の事件)によって、韓国を出た済州島出身者が多い。いわば、この書は友人たちの祖国を本人たちに代わって訪ねる書でもあり、島の習俗を観察する司馬の優しい目線が印象的である。

 元ヤクザと国民作家、互いに共通する何かを感じ取ったのだろう。立場も出自も異なれど、志さえ共有できれば人として接することができる。それが昭和という時代だった。

*『殺しの柳川』(小学館)を再構成。同書刊行イベント「最強の武闘派ヤクザ・柳川次郎とは何者か」(竹中明洋氏×山根明氏対談)が8月23日にジュンク堂書店大阪本店にて行われます。(詳細→https://honto.jp/store/news/detail_041000036076.html?shgcd=HB300)

2/2ページ

最終更新:8/16(金) 16:00
NEWS ポストセブン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事