ここから本文です

三国志、「正史」と「演義」の違いとは?

8/16(金) 12:07配信

PHP Online 衆知(歴史街道)

研究の第一人者が語る!

東京国立博物館の特別展で話題となっている「三国志」。現在発売中の月刊誌『歴史街道』9月号では、「三国志・男たちの五大決戦」と題し、官渡、赤壁、五丈原など5つの決戦を取り上げ、名将たちがいかに決断したかに迫っている。
しかし、そもそも三国志とは何か、いかにして後世に伝えられたのか、英雄たちの実像がいかなるものだったのか、基本を知りたいという方も多いだろう。ここでは、三国志研究の第一人者である渡邉義浩氏が解説する。


渡邉義浩(早稲田大学理事・教授、 早稲田佐賀学園理事長)
昭和37年(1962)、 東京都生まれ。筑波大学大学院歴史・ 人類学研究科博士課程修了。文学博士。 三国志学会事務局長。専門は中国古代思想史。 著書に『三国志』『漢帝国』など、近著に『人事の三国志』 『カラー版 史実としての三国志』がある。

『三国志演義』の資料的価値とは

ひと口に三国志といっても、二つの三国志があります。

ひとつは、14世紀の明の時代に羅貫中がまとめた小説『三国志演義』(以下、『演義』)。

もうひとつは、3世紀後半に陳寿が著し、後に正史、すなわち正統な歴史書と位置づけられる『三国志』(以下、『正史』)です。

まずはそれぞれの違いについて、触れておきましょう。

三国志は魏・呉・蜀の三国が争った時代ですが、『演義』は劉備が樹立した蜀を正統な王朝とします。

そのため、全体として蜀びいきで、劉備、関羽、張飛の三義兄弟が華々しく活躍し、漢帝国からの皇位簒奪を目論む悪玉・曹操に立ち向かっていくという筋立てとなっています。

これは日本人にはなじみ深く、多くの人がイメージする三国志の世界は、『演義』に基づくものといっても過言ではないでしょう。

また『演義』の特徴として、「奸絶 (奸のきわみ)」である曹操、「智絶 (智のきわみ)」である諸葛亮に、「義絶 (義のきわみ)」である関羽を加えた三人が、物語の中心に位置づけられていることがあります。

もっとも、小説とはいえ、私はその資料的価値が低いとは思いません。

清の史家は『演義』を、「七分の史実に、三分の虚構」と評していますが、まさにその通りで、大筋は史実に基づいていながら、巧みに虚構も取り入れている。決して荒唐無稽ではなく、非常によくできた小説なのです。

1/2ページ

最終更新:8/16(金) 12:07
PHP Online 衆知(歴史街道)

記事提供社からのご案内(外部サイト)

歴史街道

PHP研究所

2019年10月号
2019年09月06日発売

680円(税込)

【総力特集:戦国家臣団・負けない組織の条件】勝つ組織と負ける組織は何が違うのか。戦国の世に名を轟かせた家臣団を取り上げ、「負けない組織」の条件を探る。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事