ここから本文です

近代以降、中国が欧米や日本に敗れ続けた理由

8/16(金) 5:50配信

東洋経済オンライン

 トラブルの起こらない限り、権力が制度・政策として、社会経済に規制、掣肘(せいちゅう)を加えるようなことはありませんでした。一元的な政治・法制と一体化せず、むしろ多元的な民間社会・地域経済の組み合わせ・関係性で成り立つ中国経済は、この時代に成形化を果たしました。

 18世紀になりますと、「財政軍事国家」を形成したイギリスが、グローバルな世界経済をリードし、科学革命による技術革新を活用して、産業革命を成就させました。

 近代列強のトップランナーです。イギリスが牽引した世界の貿易は、かつての大航海時代にも増して、グローバルな規模で拡大し、中国経済もその一環として組み込まれていきます。イギリスとの貿易が盛んになった18世紀の後半は、中国も未曾有の好景気に恵まれ、繁栄を謳歌しました。

 世界史のメイン・ステージ、交通の幹線は、大航海時代を経て、すでに大陸から海洋に変わっていました。それは、14世紀のモンゴル帝国までのような、遊牧・農耕の生態環境と気候変動がダイナミズムを与えていた時代とは異なる段階に、中国史全体が入ったことを意味します。

 中国史も明朝以降は、海によって左右される時代に突入したのです。明朝の盛衰も海洋貿易の消長に大きな影響を受けました。清代も同じことがいえます。

■近代以降、中国が苦悩し続ける理由

 17世紀の中国はデフレ不況でした。18世紀は逆にインフレ好況になっています。それも海外貿易が盛んだったどうかに動かされた結果です。そうした様相は、19世紀の近代西洋の世界制覇の時代ともなれば、いよいよ明らかになってきます。

 中国近代史には、教科書に載っているだけでも、おびただしい史実・事件があります。アヘン戦争から日清戦争・日中戦争に及ぶ対外戦争、太平天国や義和団など、頻発した内乱、工業化や通貨統一など、経済の近代化への苦闘、そして中国革命の発動。とても覚えきれるものではありません。しかしそのほとんどは、外国との関わりとせめぎ合いを抜きに考えられないものです。

 産業革命以後、全世界的に機械制工業と化石燃料の利用が普及しました。そのために現代人は、生態環境と気候変動が影響を及ぼした歴史をつい忘れてしまいがちです。

4/5ページ

最終更新:8/16(金) 5:50
東洋経済オンライン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事