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【海外ボクシング】偉大なウェルター級王者 ホセ・ナポレスが死去

8/17(土) 22:21配信

ベースボール・マガジン社WEB

 元世界ウェルター級チャンピオンのホセ・ナポレス(キューバ/メキシコ)が亡くなった。1970年代のもっとも偉大なボクサーのひとりとして高い声望に浴した。また、ウェルター級史上で屈指の名チャンピオンとされている。享年79だった。

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キューバからメキシコへ亡命

 ナポレスのボクシングは世界中のファンから圧倒的な支持を受けた。ニックネームの “マンテキーヤ”(バター)は、バターを塗ったようになめらかな動きに由来する。身長171センチと決して大柄ではなかったが、短いスタンスですんなりと構えるアップライトの立ち姿は美しく、また、ときに応じてクラウチングスタイルから迫真の戦いに臨むこともあった。スピーディーであり、パンチはどこまでも正確にして迫力満点、さらに企画性に富むコンビネーションの自在感が素晴らしい。加えて、ディフェンス力もずば抜けていて、「相手の胸の動きを見ているだけで、その後、何をしてくるかのすべてがわかる」とナポレス本人も語っていた。

 1940年4月13日にキューバのサンティアゴ・デ・クーバに生まれ、アマチュアボクシングを学んだ。その戦績は113勝1敗とも114勝1敗とも伝えられる。18歳でプロに転向し、最初の3年間はキューバで活動した。だが、フィデル・カストロによるキューバ革命の成就とともにメキシコへの亡命を決意。何らのつてもないまま移民船に乗り、着いた港で収容所に収容された。1年後、ようやくプロ活動を再開。トップに向けて走り出す。ほどなくライト級の世界上位に進出した。

 1964年にはやはりキューバ出身の世界フェザー級チャンピオン、ウルティミノ・“シュガー”・ラモスとともに来日。ラモスが関光徳(新和)をTKOで退けたタイトルマッチの前座で、世界ランカーの吉本武輝(リキ)と対戦した。それ以前にはKO負けのない吉本を初回KOで下している。

 ただ、あまりに強すぎるが故、ときの世界チャンピオンから、ことごとく敬遠される。やがて『無冠の帝王』と呼ばれるようになった。ナポレスはウェイトを上げながら、辛抱強くチャンスを待った。やっとチャンスが巡ってきたのは1969年4月18日、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス近郊イングルウッドのフォーラムに1万5878人の大観衆を集めて、世界ウェルター級チャンピオンのカーチス・コークス(アメリカ)に挑む。技巧派のコークスを得意の左ボディブローから切り崩し、13回終了時に棄権に追い込んで、ナポレスは念願の世界チャンピオンとなった。

 翌年、サウスポーのビリー・バッカス(アメリカ)の頭から突っ込んでくる決死のファイトで両目上を切り裂かれ、負傷TKO負けでタイトルを手放したが、半年後の再戦では新チャンピオンのデンジャラスアタックを慎重に管理する。8回に2度のダウンを奪った末に今度はバッカスの左目上から流血させてTKO勝ちを飾った。

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最終更新:8/17(土) 22:21
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