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菅と麻生、「安倍後」見据えた知られざる暗闘

8/17(土) 6:10配信

東洋経済オンライン

 ところが、小川は直前になって病気と称して入院。「この俺が頭を下げて頼んだのに病院に逃げ込みやがった」。自分が知事に据えた小川の裏切りに麻生は激怒し、それ以来、予算の陳情に知事が上京しても会わない状態が続いた。麻生は「小川を必ず引きずり降ろす」と周辺に宣言。その言葉どおり、対立候補擁立に動いた。

 首相の安倍が「どうみても現職が強いのだから」と小川との和解を進言しても麻生は頑として受け入れず、敗北覚悟の選挙戦に突入した。これには周囲がみな首を傾げ、安倍も「麻生さんも歳のせいか、おかしくなったよね」とこぼした。

 実は、麻生が勝てる見込みのない知事選に突っ込んだのには隠れた理由があった。それは菅の存在だった。

 3年前の衆院補選で小川が麻生から応援を頼まれたとき、情勢はすでに対立候補である鳩山二郎の勝利が濃厚だった。麻生の要請を断り切れなかった小川だったが、悩んだ小川が鳩山を支援していた旧知の菅に相談したところ「行く必要はない」とアドバイスされ、小川は病院に逃げ込んだ。少なくとも麻生は自らが得た情報からそう信じた。麻生に近い永田町関係者は、「菅に面子を潰されたと感じた麻生は、それゆえ負け戦覚悟で知事選に突っ込んだ」と明かす。

 衆院補選時の菅と小川のやり取りの真偽は不明だ。だが、小川が知事選の1年近く前から菅に立候補について相談し、菅から「仮に自民党の推薦が出なくても私が支援する。出馬を断念する必要はまったくない」と激励を受けていたのは事実だ。経産省幹部が同省出身の小川の続投を菅に陳情したこともあり、菅は一貫して裏で小川を激励。それゆえ、一時は弱気になっていた小川も麻生との全面対決に突き進んだ。

 小川は昨年12月、福岡県を視察に訪れた菅と会った後、知事選について「不退転の決意で臨むことを官房長官に伝えた」と記者団を前に述べたが、以前から菅と連絡を取り合っていたのだ。

 いずれにせよ、麻生は今春の福岡県知事選で、菅と結んだ小川を追い落とそうとして見通しの立たない戦いに突っ込んで惨敗。大きな痛手を負った。

■古賀元幹事長はなぜ菅の名前を挙げたのか

 菅は、以前は自分と対立した相手でも役立つと思えば、平然と手を結ぶ。

 今年4月8日、岸田派の名誉会長で元自民党幹事長の古賀誠が日本テレビのBS番組に出演。自身の後継として派閥を率いる岸田について「ポスト安倍でなくてもよい」と述べたうえで、次期首相候補として菅の名前を挙げた。このニュースは永田町を驚かせたが、この古賀発言の背景を知る永田町関係者はほとんどいない。

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最終更新:8/17(土) 6:10
東洋経済オンライン

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