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F1と腕時計と、地中海の青い海と空に想う──たかがモナコ、されどモナコ。

8/18(日) 20:11配信

GQ JAPAN

タグ・ホイヤーとモナコの歴史

この博物館のオフィシャルウォッチをつとめるのがタグ・ホイヤーである。ちょうど博物館では「タグ・ホイヤー モナコ」の50周年展示会が開催されており、タグ・ホイヤーのヘリテージ担当はタグ・ホイヤーとクロノグラフについて次のように説明した。

「ジャック・ホイヤーが指揮をとってスタートした『プロジェクト99』では、キャリバー11(クロノマチック)をウォッチメーカー3社他と共同開発しました。1969年3月3日に世界初の自動巻きクロノグラフ・ムーブメントであるキャリバー11を搭載した商品を発表しました。ホイヤー社では、カレラ、オータヴィア、そしてモナコの3つのモデルにそれが載ったのです」

タグ・ホイヤーのクロノグラフの原点となったこの3モデルは、当然のことながら、回顧展に展示されていた。文字盤に“クロノマチック”と入っている貴重なタイムピースだ。前述のヘリテージ担当によると、その後共同開発したうちの1社がクロノマチックという名称を排他的に使うことが合意され、タグ・ホイヤーのクロノグラフ時計のダイアルからクロノマチックという表記が消えたのだという。

1971年の映画『栄光のル・マン』の制作中に、俳優スティーブ・マックイーンがつけてモナコが有名になったことはよく知られているが、会場ではこんなエピソードが披露された。『栄光のル・マン』の関係者から「ストップウォッチがたくさん必要だ」と頼まれたジャック・ホイヤーさんだったが、このときストップウォッチも自動巻きのクロノグラフ腕時計も売り切れ状態で、さほど売れ行きの良くなかったモナコをたくさん渡すしかなかったのだという。しかし、マックイーンが腕につけたおかげで、モナコは一躍ブランドのアイコンになった。なにがきっかけになって日陰者に日が当たるかわからないものだ。

DAY3:サーキットまでボート通勤

タグ・ホイヤーのヨット「シードリーム号」からF1の入場ゲートまでは徒歩で約10分。客室からもゲートが目視できる距離にある。だが、公道を封鎖して行われるF1モナコGPである。通行できるエリアを一部残していた予選のときと違って、決勝のときは陸路が封鎖され通行止めになっているため、記者たちは「シードリーム号」から入場ゲートまで、小型ボートで移動することになった。マリーナに係留しているクルーザーの隙間を縫って進む小型ボートのパイロットは、セントジェームスのボーダーシャツがよく似合っている。スキー選手の彼はこの時期、バイトでボートの運転手をしているという。記者がつけているキャリバー12を搭載する右リュウズのモナコ クロノグラフを見つけると親指でサムアップ。「Thank you!」と返す。モナコの青い海と青い空。向こうにスタンド席が見えてきた。じわじわと気分が盛り上がってくる。いよいよ夢にまで見たF1モナコGPの決勝である。

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最終更新:8/18(日) 20:11
GQ JAPAN

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