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美輪明宏が初めて語った「ジャニー喜多川」と「吉本興業の闇営業」

8/18(日) 5:30配信

文春オンライン

「ジャニーさんはもっとその功績を讃えられるべき人。だから、お亡くなりになった時は、『巨星墜つ』という感じがしました」

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 7月9日に87歳で亡くなったジャニーズ事務所の創設者・ジャニー喜多川氏の死をこう悼むのは俳優・歌手の美輪明宏さんだ。84歳を迎えた現在も歌手や俳優、演出家としてマルチに活躍する美輪さんはジャニーズ事務所の所属タレントとの共演も多い。発売中の 「文藝春秋」9月号 「有働由美子のマイフェアパーソン」にゲスト出演し、初めてその迸る想いを語った。

美輪「ジャニーさんは偉大な人だった」

有働 最近は芸能の世界で大きなニュースが続きました。7月9日にジャニーズ事務所の創設者のジャニー喜多川さんが亡くなりましたが、このニュースはどうご覧になりましたか。

美輪 ジャニーさんは偉大な人だったと思いますよ。もし彼がいなかったら日本の芸能界はどうなっていたか。想像してみてください。フォーリーブスも東山(紀之)くんも木村拓哉も嵐も私が出演している「ありえへん∞世界」(テレビ東京系)という番組で一緒の関ジャニ∞の連中(村上信吾、丸山隆平、安田章大)もいなかったわけでしょう。

 美輪さんが国立音大付属高校を中退し、16歳にしてプロの歌手として活動を始めたのが1951年。ジャニーズ事務所の創設が1962年で、フォーリーブスの結成は1967年。事務所の草創期から見続けてきた美輪さんの言葉には、日本芸能史を貫く視野の広さがある。

有働 美輪さんから見てジャニーさんの凄さはどこにありますか。

アイドルをグループで売り出すというシステムはなかった

美輪 ブロードウェイのミュージカルのようなアメリカの華やかな出し物を少年たちにやらせたことでしょう。あれをそのまま日本に持ってきて、大人の役者がやろうとしても難しい。でも、少年なら演技や歌でも伸び代がいっぱいあるし、踊りも仕込めばいいものになる。なにより、サーカスのようなアクロバティックなことにも対応できて、本家以上にオリジナリティあるものを作れる。

 また、個人ではなく5人ぐらいのグループを組んでデビューさせ競争させたのも斬新でした。アイドルをグループで売り出すというシステムはそれまでの日本にはなかったですから。しかも競争でギスギスするのではなく、ジャニーさんはいつも優しくて一人一人しっかり面倒を見ていたと聞きます。事務所の面接のために田舎から出てきて、右も左もわからないような子をわざわざ駅まで案内して送ったこともあったらしいですから。そんなこと普通の人ではできませんよ。

◆◆◆

 対談ではいわゆる「吉本興業の闇営業」問題にも初めて言及。さらに自身の戦争体験、日本文化の本質にまで話は及んだ。その全貌は是非 「文藝春秋」9月号 でご確認ください。

「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年9月号

最終更新:8/18(日) 15:45
文春オンライン

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