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元南ア代表の「悪童」ジェイムズ・スモールの早すぎる死

8/19(月) 7:01配信

FRIDAY

1995年の「怪物包囲網」

悪童が怪物を止めた。現代史の偉人は大いに喜んだ。あれから24年。英雄にして異端の男が死んだ。

ジェイムズ・スモール。南アフリカ代表スプリングボクスの右ウイングとして1995年、自国開催のワールドカップを制した。

白人政権によって長く孤島に収監されたネルソン・マンデラ大統領が、白人選手と白人社会に与えたインスピレーションは、のちにクリント・イーストウッド監督によるハリウッド映画『インビクタス』に描かれる。あの有名な大会の功労者だ。享年50。7月18日に葬儀。死因は心臓発作とされる。早世は驚きと、それと同量の「予感できた」という感情を呼んだ。

オールブラックスとの決勝。いま手元のプログラムを繰ったら「身長182cm・体重92kg」とある。走り屋のウイングとしては、ことに小柄でもない。ただし、少なくとも当日の芝の上においてはジェイムズ・スモールはスモールだった。なぜならマークするのが「195cm・118kg」のジョナ・ロムーなのだ。準決勝のイングランド戦で4トライ、タックルを砂塵とする強烈なランは「アースムーバー(=ブルドーザー)」と称された。

スプリングボクスの栄冠をつづった書にキックオフ直前の描写がある。

「『神様、やつはでかい……』。ロムーを見つめながらスモールは初めてそう思った」(『The Springboks and the Holy Grail』)

例のウォークライ、ハカが始まる。

対峙しながら、目を合わせ、そらさぬ、と胸に決めた。ところが、同僚にあって随一の巨漢、199cm、125kgのロック、コーバス・ヴィサが、ふいに仲間の列の前へ出てきた。先にロムーをにらみつける。後年、コーヒーショップのチェーン経営で大成功を収める名物男、ヴィサの述懐。「まっすぐ彼を見た。すると目をそらし、違う方に視線をやった。我々はそれを待っていた」(同前)
怪物包囲網はできあがった。そういえばマンデラ大統領も一役買っている。試合前、みずからスプリングボクスのジャージィをまとい、両軍の選手ひとりずつと握手を交わす。

「おー、ロムー、ハウ・アー・ユー」。このころ20歳の若者にすれば、尊敬する人物がいまからぶつかる敵をサポートしており、なのに、あたかも自分のファンであるかのごとくにこやかに声をかけてくる。トンガの血を引く新星の闘争心は出口をなくしてしまう。

試合開始。スモールはロムーの外側に構えてスペースを消した。ならば縦へとコースを変えれば仲間が内から追い上げる。複数ではさんで突破を阻んだ。

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最終更新:8/19(月) 7:01
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