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「プログラミング=英語」という状況は正しくない。多言語でコードを書ける世界が求められている

8/19(月) 12:31配信

WIRED.jp

いま一般的なプログラミング言語を学ぶには、基礎知識として英語が求められる。しかし、「書く」というテクノロジーがラテン語に束縛されなくなったのと同じように、コードを書くテクノロジーも本来なら英語に束縛されるものではない。いまこそ誰もが母国語でコーディングできる環境をつくるべきではないか──。言語学者のグレッチェン・マカロックによる提言。

ウェブの約束は「脅威」でもある

2019年はワールド・ワイド・ウェブ(WWW)誕生30周年だ。その立ち上げ当初に約束されていたことのひとつに、「ソースコードの確認」を選べるというものがあった。ソースコードを読むことで、ウェブページがなぜそのように表示されているのか独習できる、という趣旨だった。

このページは、プログラミングサイトの「Glitch」がWWWの30周年にあたって最初のウェブページを再現したものだ。ソースコード表示に切り替えると、「title」「body」「p」(「パラグラフ(paragraph)」を示すことが推測できる)といったラベルでマークされた箇所がある。何が何を指しているのかが単純明快にわかるだろう。

「単純明快にわかるだろう」と書いたが、それは英語を理解できる人の見方でしかない。仮にあなたがこれから初めてウェブページを見るとしよう。その仕組みを知りたくてうずうずしている。しかし、そこに書かれたラベルがなじみのある言葉ではなく、わたしがつくったこちらのヴァージョンが表示されたらどうだろうか。

絵文字でもキリル文字でもプログラミングはできる

プログラミング言語には、理論上はどんな記号も使える。見えないプログラム(コンパイラー)によって、コンピューター上では人間が入力する「IF」も「」も、1と0の組み合わせに変換されるのだ。IFを表すのにジャガイモの絵文字が使われようと、を表すために15世紀のキリル文字のOが使われようと、まったく同じように機能するわけだ。

プログラミングの言葉は、「body」や「if」のような英単語に似ているものが多いが、これは人間の小さな脳に合わせたものだ。人間の脳は、すでに知っている単語に似ているコマンドのほうがよく覚えられるからである。

しかし、こうしたコマンドの単語をすでに知っているのは一部の人々、つまり英語が理解できる者だけだ。ウェブ設立当初の「約束」は、実は英語を話す人々への約束でしかなかった。もともと英語を話す地域の人や、第2言語として十分に英語を学べるエリート教育へのアクセスをもつ人が対象だったのだ。

現在のソーシャルメディアプラットフォームやソフトウェアプログラムは、30言語から100言語くらいで利用できることが多い。しかし、わたしたちを消費者ではなくクリエイターにしてくれるツールはどうだろうか?

わたしは少数言語を元にしたプログラミング言語をつくるべきだと言っているわけではない(そうなればいいのだが)。しかし、中国語やスペイン語、ヒンディー語、アラビア語といった、長らく文学に使われて地域の通商語にもなっている言語ですら、コードの言葉として広く使われるには至っていないのである。

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最終更新:8/19(月) 12:31
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