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【書評】日本人にとって香港とは何か:倉田徹編「香港の過去・現在・未来」

8/19(月) 16:00配信

nippon.com

野嶋 剛

混迷を極める香港情勢。新聞やテレビのニュースだけでは、香港問題の本質はなかなか伝わらない。なぜこれほどまでに彼らは粘り強く抵抗を続けているのか。香港人の内心に近づくために待望の一冊が絶好のタイミングで刊行された。

日本人の特別な香港感情

手配犯を香港から中国へ移送することを可能とする逃亡犯条例の改正をめぐり、香港で行われている抗議デモ。反対運動が本格化した6月上旬以来、200万人規模の巨大デモ、警察との激しい衝突、立法会への突入、中国の出先機関である中聯弁(中央政府駐香港連絡弁公室)への落書き、香港空港の全面閉鎖など、毎週のように、香港発の衝撃的な映像が世界を駆け巡っている。

それでも、日本人には「香港人は何に怒り、抵抗しているのか」という動機の部分がまだ十分に伝わっていないと感じることも多い。

そのなかで、まさに時宜にかなった形で出版されたのが本書「香港の過去・現在・未来」(勉誠出版)である。今回の反対運動の盛り上がりを想定して企画されたものではなかったが、このタイミングで読者に届けられることを「不幸中の幸い」と呼ぶのは、果たして適切であろうか。

日本における香港問題への関心は、他の国に比べて決して低くはない。それは、日本人が香港へ特別な感情を抱いていることと無関係ではない。戦後日本で、海外旅行先として真っ先に登場した場所の一つが香港であった。憧れの旅行先。円高時代は買い物天国。英語を使える働き先としても注目された。映画ではブルース・リーから始まり、ジャッキー・チェンなど香港映画のスターが人気を集めた。

日本人にとって、香港は単なる英国の植民地でもなければ、中国の一都市でもない。憧れをはらんだ「身体的な経験」を有する都市なのである。

本書は「返還後の香港-これまでとこれから」「香港を客観視する-周辺から見た香港」「香港とは何か―周縁性と独自性」「香港研究最前線」の4章にわかれ、若手・中堅を中心とする約20人の研究者が、それぞれの専門領域について執筆している。日本人の積み重ねてきた政治学・社会学・民族学・経済学など多方面から捉えた香港研究の成果をこれでもかというほど詰め込みつつ、研究エッセイ的なスタイルが意識されており、専門書的な読みづらさは感じさせない。香港という多面体にいろいろな窓をあけて光を差し込み、香港の現在地を立体的に浮き上がらせようという企画の狙いがうかがえる。

私の印象では、香港研究の幅の広さで日本は抜きん出ている。香港以外の場所では、台湾も中国大陸も、香港のことをここまで調べつくそうという知的欲求は持っていない。本書の多彩な内容は、前述した「日本人の香港愛」を体現していると言えるだろう。

とりわけ、香港政治については、一人一票の普通選挙を求めて79日間にわたって香港の商業地区セントラルなどを占拠した「雨傘運動」から5年が経過し、今回の逃亡犯条例改正反対運動の隆盛に至った展開を理解するためのヒントが散りばめられている。

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最終更新:8/19(月) 16:00
nippon.com

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