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「鈴木貫太郎親衛隊」陸軍クーデター部隊と攻防 70年目の証言“黒幕”は四元義隆 上

8/20(火) 11:54配信

Japan In-depth

【まとめ】

・ポツダム宣言受諾の立役者、鈴木貫太郎首相の命を陸軍が狙う。

・大物右翼の指示で「鈴木貫太郎親衛隊」が極秘に結成された。

・武器を持たない親衛隊の官邸での不眠不休の首相警護が始まった。

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日本の現代史で最大の政治決断は、ポツダム宣言受け入れだろう。昭和天皇の聖断だが、総理大臣の鈴木貫太郎の存在なくしては、実現できなかったと言われている。

当時、陸軍は「戦争継続」「本土決戦」を主張していた。15日の玉音放送直前までクーデターも辞さない構えで、貫太郎の命を狙っていた。もし貫太郎が暗殺され、陸軍の主張が通れば、本土決戦で数千万人の犠牲者が出た可能性がある。

当時危機感を持った人が動いた。「貫太郎の命を守れ」。官邸の中に、若者たちで構成される極秘の組織がつくられた。「鈴木貫太郎親衛隊」である。正史には出てこない、影の日本史である。メンバーは戦後、それを口外することを禁じられていた。

その親衛隊の1人は5年前、初めてカメラの前で口を開いた。函館で暮らす長松幹栄だ。

長松は自らの身分証を見せてくれた。古ぼけていて、文字はかろうじて読み取れる。勤務地は内閣総理大臣官舎。交付日は昭和20年8月12日。終戦のわずか3日前だ。この身分証には、「内閣嘱託」という肩書が明記されている。

長松は当時19歳だった。右翼の大物、四元義隆からの指示だった。長松は四元に関してこう言う。「右翼の大物というと、軍国主義をあおった人物のように思われるかもしれませんが、まったくそれは違います。いかにして戦争を止めるか。それを必死になって考え、行動したのです」。

四元義隆と言えば、戦後の「政界の黒幕」として知られる。吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、そして細川護煕、歴代の総理大臣を指南してきた。大蔵大臣の井上準之助や三井財閥の團琢磨らを暗殺した昭和7年の血盟団事件の首謀者であり、戦中は、東条英機への反旗を鮮明にし、東条暗殺計画を企てたともいわれている。

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最終更新:8/20(火) 11:54
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