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【WRC名車列伝その1】アウディ クワトロ(1981-1986)はそれまでのWRCの常識を一変させた傑作車

8/20(火) 15:00配信

Webモーターマガジン

4WDによる圧倒的トラクションでラリーを席巻

モータースポーツにはそのリザルトとともに忘れられないクルマが存在する。この短期集中連載では、強烈なインパクトと圧倒的な速さでWRCを席巻した思い出深い名車を紹介しよう。その第1回は「アウディ クワトロ」だ。

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ハイスピード4WDの可能性を世界にアピールするために、アウディが独自の直列5気筒+ターボエンジンを搭載したグループ4仕様のクワトロをWRCにデビューさせたのは、1981年の開幕戦モンテカルロラリーのことだった。

当時のWRCはミッドシップスーパーカー、ランチア ストラトスの時代が終わり、その後を引き継いだFR車のフィアット131アバルトやフォード エスコートRSもそろそろ退場か、という絶対的王者不在の時代だった。

そんな中に4WDシステムを搭載して現れたアウディ クワトロは、「こんなデカい車はラリーでは勝負にならない」という周囲の懐疑的な声を黙らせる圧倒的なスピードを披露して見せた。

マシントラブルとアクシデントでデビュー戦の勝利こそならなかったが、続く第2戦スウェーデンラリーで早くも初優勝。初期のメカニカルトラブルを解決した2年目の1982年には初のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。

1982年にはもはやWRCに勝つには4WDが必要なことは明らかになっていたが、ここに2WDながらより改造範囲の広い新規定グループBマシンとしてミッドシップのランチア ラリー037が台頭。

1983年、アウディもアウディ クワトロをグループB規定に適合させ若干の軽量化を図ったA1、さらには排気量を2144ccから2109ccへとあえてスケールダウンしターボ係数をかけた排気量クラス区分で3L以下に収まる(=規定最低重量が下がる)A2を立て続けに投入するも、ドライバーズ選手権こそ奪ったが、マニュファクチャラーズ選手権はランチアに奪われてしまう。

翌1984年、王座奪還を目指すアウディは、アウディ クワトロをショートホイールベース化し、エンジンをさらにパワーアップしたスポーツクワトロS1を春から投入。ランチアとの死闘を制し、アウディはマニュファクチャラー&ドライバーズのダブルタイトルを獲得する。

だが、時代の流れは早い。この1984年シーズンの終盤からはミッドシップ+4WDという、037とクワトロのいいとこ取りをしたような第2世代のグループBマシン、プジョー205T16が圧倒的な力を見せ始める。

一方のアウディは、高速4WD市販車のプロモーションというWRC参戦のコンセプトがあるためにミッドシップ化には踏み切れず、スポーツクワトロS1にド派手なエアロパーツを装着したスポーツクアトロS1 E2(エボリューション2)で対抗するも、趨勢を覆すことはできなかった。

結果的にアウディのマニュファクチャラーズ選手権獲得は2回だけ(1982年、1984年)、ドライバーズ選手権獲得も2回(1983年、1984年年)に留まり、ヒストリーブックに残るアウディの実績は、同時代を戦ったランチアやトヨタ、後年のスバル、三菱、プジョー、シトロエン、フォルクスワーゲンなどには及ばない。

だが、現代まで続く4WDラリーカーの礎として、アウディ クワトロがWRC史上もっとも重要な一台であることは間違いない。

アウディ クワトロ(1981年)主要諸元

・全長:4404mm
・全幅:1733mm
・全高:1344mm
・ホイールベース:2524mm
・エンジン:直列5気筒 SOHC +ターボ
・排気量:2144cc
・ボア×ストローク:79.5×86.4mm
・最高出力:360ps/6500rpm
・最大トルク:420Nm/3500rpm
・駆動方式:4WD
・トランスミッション:5速MT
・サスペンション:前後ストラット
・車両規則:グループ4(のちにグループBとして再公認)

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最終更新:8/20(火) 15:00
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