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認知症の母を93歳の父に任せて東京に帰る娘の葛藤 【ぼけますから、よろしくお願いします。】

8/20(火) 7:01配信

デイリー新潮

 ある年の元旦に、認知症発症後の母親が発した言葉がタイトルになった映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』。ディレクターの信友直子さんが監督・撮影・ナレーターを務めたこの作品は、ミニシアター単館上映で2018年11月から公開されるや話題を呼び、上映館全国100館近く、動員数10万人を超えるドキュメンタリー映画としては異例のヒットとなっています。

 陽気でしっかり者の母親が徐々に「出来なくなっていく」一方、家事はいっさい妻任せで90を超えた父親が「やらなければならなくなる」様子を時に涙ぐみ、離れて暮らす自責の念や夫婦・家族の絆を噛みしめつつ見つめる娘。そして、認知症はどう進むのか、家族に認知症患者がいるとはどういうことか、老老介護の現実とは……それらを冷静に記録していこうとする取材者――2つの立場で踏ん張り、あるいはその間で揺れながらカメラを回し続けた信友さんが、映画に盛り込めなかった数々のエピソードを語り尽くす好評連載です。

 ***

扇風機を盗られた

 2013年には、母のことが心配で3回帰省しました。まだ家事は母がやっていましたが、父曰く、

「料理が甘かったり辛かったりでのう。ちょうどええ味のときがえっとないんじゃ」

 とぼやいていました。ごはんの水加減もうまくいかないようで、柔らかかったり硬かったり、まちまちになっていたようです。

 でも、それを指摘すると母の機嫌が悪くなるので、父は文句も言わずに食べているようでした。

 味付けが薄いときには、母が見ていないところでこっそり塩を振るのだそうですが、

「おかずの味が濃いすぎるときにはどうするん?」

 と聞いたら、

「『今日はお茶漬けにしようかのう』言うて、辛うて食べられんおかずをごはんに載せて、その上から湯をかけて薄めるんよ」

 そう言うので思わず想像して笑ってしまいました。と同時に切なくなりました。

 もともと父はそこまで母に気を遣うような人ではなく、料理が美味しくなければ(そもそも美味しくないことはほとんどなかったのですが)母にはっきり言っていたのに、そんな父が気を遣って黙ってしまうほど、母が「文句を言わせないオーラ」を出しているのだ、と感じたからです。それは裏を返せば、母の不安や自信のなさのあらわれです。

 母はもともと料理がうまく、しかも研究熱心で、ご近所の家庭科の先生が開いておられたお料理教室に何年も通ってレパートリーも多かったのです。しかしこのころはだんだん、自分の得意料理ばかり作るようになっていました。レシピが頭に入っていて、間違えない自信があるものしか、怖くて作れなくなっていたのでしょう。

 なので献立は、肉じゃが、おでん、煮魚の3つをグルグルと回っていたようです。

 父は、今日もまた肉じゃがかぁ……と思ったある日、

「もう肉じゃがは飽きたけん、ちょうど味が薄かったし、そこにカレーのルーを入れてカレーにしてみた」

 と私への電話で言っていたことがあります。

「へえ~お父さんがやったん?」

 意外に思って聞くと、

「わしにもそれくらいできるわい」

 と笑っていましたが、おそらくこれが父の記念すべき料理1作目じゃないかと思います。

 でも、母はどう思ったんだろう、自分の料理に手を加えられて傷ついたんじゃないかしら。心配になったので、電話を代わってもらって聞いてみると、母は夕飯にカレーを食べたことすら忘れていました。

「え~? カレーじゃったかいねえ? なんかほかのもんを食べたような気がするが」

 私は、お母さんが覚えてないんならまあいいか、と思ったと同時に、母は今食べたものも忘れるようになったのか、とショックを受けたことを覚えています。

 私が帰省すると、台所で母と私、どちらが料理の主導権を取るのか、静かな攻防戦が始まるようになりました。

 母が元気なうちは、明らかにリーダーは母で、私は助手でした。母が私に手料理を食べさせたいと張り切って台所に立ち、私は母を手伝いながら料理のコツを盗ませていただく、そんな関係でした。台所は母の城で、私は母の許可がないと、置いてある鍋の位置ひとつ変えることはできませんでした。

 でも母の料理がおぼつかなくなってくると、父のためにも、私が料理を作った方がいいということになります。父は私が帰省すると「なんか美味しいもん作ってくれや~」と期待を込めた目で訴えてくるし。

 でも母は文字通り台所に「立ちはだかって」いました。

 私が台所で何かしようとすると「どうするん? お母さんがするけん」と、まるで通せんぼをするみたいな感じで狭い台所に立ち、入らせてくれないのです。

 食料品の買い物は、母だけで行くと買い忘れがあったり、途中で何を買えばいいのかがわからなくなるので、「お母さん一緒に行こうや」と私もくっついて行って、

「今日は何にするかね? 私、お母さんの炊き込みご飯が食べたいわあ」

「ほうね、ほいじゃあ、そうしよう」

「炊き込みご飯なら、鶏肉と油揚げとニンジンを買わんといけんね~。ニンジンはもうウチになかったじゃろう」

 とさりげなくフォローしていました。なのでそれほど問題は起きませんでしたが、家に帰ってからが大変です。

「お母さんがやるけん、あんたは休んどってええよ」

 母は料理を自分で仕切ろうとし、私は母を立てるふりをしながら、母には野菜を切ってもらったりして忙しくしてもらい、その隙に味付けなどの重要なところは自分でやるという、ちょっと姑息な手段に出ていました。

 でも案外母にはバレなかったようで、それで機嫌を悪くするようなことはありませんでした。

 ……と思っていたけど、本当はバレていて、気づかないふりをしていただけなのかな? 

 今になるとそう思います。

 この年の夏には、「扇風機を盗られた」という騒動もありました。

 夏に帰省すると、扇風機が新しくなっていました。それまで実家の扇風機は、私が子供のころからの年代物で、それを両親は二人して大切に使っていたのです。もともと両親は二人とも、よく言えば節約家、悪く言えばケチで、あまりものを買い替えずに古いものを大切に使う主義なので、私にとってはけっこう驚きでした。

「扇風機買い換えたん?」

 と母に聞くと、

「古い扇風機はね、〇〇さんが来たけん玄関に出して涼ましてあげよったら、知らん間に持って帰っちゃったんよ」

 と言うのです。

 このあまりに荒唐無稽な話に、私は思わず笑ってしまいました。ウチの扇風機は50年近く前の代物なので、室内を移動させるのも大変なくらい、重くてかさばるのです。ご近所の〇〇さんというのはかなりご年配の人なので、それをウチから持って出て、えっちらおっちら運んでいくなんてこと、できるわけがありません、人目もあるわけだし。

 母によく聞くと、その人の訪問と扇風機がないと気づいたときが同じ日だったかどうかも怪しくなってきました。それでも自説を曲げず、

「どうやって持って帰ったんじゃろうか、ああような重たいものを」

 としきりに不思議がる母に、

「近所の人にそんなこと言うたらダメよ。揉め事のもとになるけん」

 父と二人で何度も言い聞かせました。

 ちなみに後日談ですが、古い扇風機は、それから2年後、私が納戸を整理していたときに奥の方から無事見つかりました。

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最終更新:9/3(火) 15:10
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